第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-4-3 侯軍会敵
そのピオラが牙をむいた笑顔で、大人でも数人がかりで持ち上げるような鋼鉄の塊である多刃斧を片手で軽々と持ち上げて肩に担いでいるのを見やり、物見台の兵士達はバケモノ以外に見えなくなった。
「鬼だ……鬼だぞ!!」
「トロールかオーグルの女だ!」
「伝令、伝令!! 侯爵閣下に知らせろ!!」
ミルラはさっそく攻めてきたかといきり立ち、
「こうなれば是非も無い! 魔王の手下を返り討ちにしろ!! 手数を惜しむな! 相手が何人だろうと関係ない! 全軍全力で迎え撃て!! きゃつら、人間ではないぞ!! 容赦はするな!! 細切れにして大地にぶちまけ!!」
街中に敵襲の鐘が響き渡り、反射的に女性や子供が家々や近くの建物に避難する。
「な……何事だ!?」
敵と云っても、北方の大地が群雄割拠の内乱状態だった時代は遠く過ぎ去り、神聖帝国に攻撃されたのも、何百年も昔だ。時おり現れる大規模な盗賊団(警備州兵のバイトではない、藩王にも従わない本物の凶悪盗賊軍閥)も、このジ=ヨの城塞を超えることができた者はいない。このような早鐘は、訓練や祭り、火事の時以外に鳴ることはほぼ無いと云ってよい。
「何の訓練だ?」
「火事か!?」
市民や街を訪れている商人は、戸惑うだけだった。
と、街の中央にある侯の屋敷と繋がる兵舎の扉が開き、大量の兵士が完全武装で出てきたので、市民たちは仰天した。また、非常召集の太鼓も打ち鳴らされ、非番の兵士が転がる様に兵舎に集合し、第2陣の準備を整える。街としては急襲されたかっこうになるので、いきなり全軍を投入するわけにはゆかなかったが、それでも藩王国西部防衛の要だけあり、常時待機している兵士だけで、まず800が動いた。そのうち、魔術師は20だ。
ピオラと、まるでミルラ侯の城に現れた使者と同じ姿をしたオネランノタルが寒風吹きすさぶ荒野を歩いて、街まで300メートルほどになると、巨大な正門の両開きの扉が重そうな音を立てて開き、土煙を上げて毛長牛の大群とそれに乗る完全武装騎兵が現れた。その数はおよそ200、その後ろに、槍歩兵600が続く。
「番人よお、あいつらはあたしにまかせて、後備えをやっつけろお!」
「800の兵を、本当に1人で殺るのかい!?」
オネランノタルが、楽し気に答える。
「番人がそう云ったろお!?」
「たしかにね……じゃ、遠慮なくまかせて、私は人間の街を焼き払うとするかな」
「えっ、焼くのかよお!?」
「それが、いちばん手っとり早いだろ」
「あたしは、火はちょっとなあ」
いかに頑丈な装甲皮膚を持つトライレン・トロールとはいえ、トロール種の例に漏れず、強力な火や魔法の武器は禁忌である。
「じゃあ、街には入らないで、外で見てなよ。その代わり、続々と城門から人間が出てくるから、1匹残らず駆除してよ」
「戦士以外はしらねえよお」
「こんな土地に着の身着のままで放り出されたって、早晩、死ぬだけだよ! ひと思いに殺してやるのも、慈悲ってものさ!」
「それもそうかあ」
云ってる間に、軍勢が迫り、その後ろから野砲めいて長距離火球魔術が飛んできた。セオリー通りの、標準平原戦闘だ。
「火の球だあ!」
ピオラが目をむいた。
「まかせろって!」
既に全身から真っ黒いモヤのように濃厚な魔力が噴き出ているオネランノタルが、幽鬼めいて裾の余っているローブの袖を掲げるや、魔力に潜んでいる膨大なエネルギーが解放され、空間を歪めてバリアを形成する。
いわゆる「魔法の楯」の魔術だが、魔族であるオネランノタルは呪文を唱える必要もなく、魔力から能力として直接エネルギーを引き出せる。時間差無くいきなりバリアが出現し、その厚さや大きさ(効果)もケタちがいだ。
空中で火球が連続して爆発し、完璧に敵の攻撃を防いだ。
「ひッ……1人で、20人の火球を!」
軍団の魔術師達が、後方より声を上げる。
「あの黒いチビ、人間じゃないぞ!」
「将軍殿に伝達だ!」
「もう遅い、会敵する!!」
先頭の騎馬兵の一部が突進しつつオネランノタルめがけて槍を突き立てたが、オネランノタルは姿を消し、もう瞬間移動して正門のすぐ前にいた。軍勢を完全に素通りし、1人で悠然と門を通る。




