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第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-4-2 たった2人の進軍

 先程の使者の声とは打って変わった、しっかりとした少女のような、それでいて複数の虫の音を合成したような不気味な声がしたので、兵士たちを含めた一同がギョッとして倒れ臥す真っ黒い布切れを凝視した。


 「いいよ……いい……期待通り……期待通りの答えだよ」

 「なにを……!?」


 「別に、わざわざこんなこと・・・・・をする必要もなかったんだけどさ、こちらに大儀の1つもあったほうが、あんたらも死にやすいでしょ? 遠慮なく、まずあんたらを異次元魔王の名の元に、粉微塵にすりつぶしてあげるよ……ウヒッヒヒ……イヒーヒヒヒヒ……アッヒャハハハ……!」


 黒布が蒸発し、黒い煙となって、魔力の塊となる。


 「ヴィヒヴァルンへの宣戦布告、それすなわち異次元魔王様への宣戦布告なり。数百年にわたり貴様らをたばかりし、神の子サマタイを操る星隕ほしおちの魔王へせいぜい伝えなよ。貴様のうすらボケた自己満足と自己欺瞞の自称平和主義とやらのためにこの世が滅ぶのなら、この世が滅ぶ前に貴様を滅ぼす……とね」


 「…………!?」

 使者が煙に消え、オネランノタルの声だけが残った。

 


 「オネランの旦那、仕事は終わったんで?」

 「うん、終わったよ」


 遠くに城砦都市ジ=ヨの高い石垣と城壁を見やって、5人がなだらかな丘陵地帯の丘に立っていた。


 もはや初冬と云える時期に、乾いて冷たい風が吹きつけている。


 山脈のほうが標高が高く気温が低かったが、風は平原の方が強い。体感温度は、むしろ山を下りた方が寒いくらいだった。


 魔力で使者を造り、ジ=ヨへ送りこんでいたオネランノタル、

 「では、進軍開始ぃ! たった2人のね」

 「腕が鳴るなあ!」

 ピオラが意外と楽しそうに、白く太い腕をグルグルと回した。


 「あ、あっしとペートリューさんはどうしたらいいんで!?」

 「ここで、ストラ氏と待ってなよ」

 「ストラの旦那とでやんすか!?」


 プランタンタンがストラを見ると、真っ青な晴天の空に両手を軽く掲げて、いつもの半眼無表情のまま、


 「ミョンミョンミョンミョンミョンミョン……」

 と小声でつぶやいていた。

 「いや、ちょっと……旦那の調子が戻るまで、置いてかねえでほしいでやんす」


 「じゃ、いっしょに来る?」

 「それもまっぴら御免で」

 「贅沢を云うな、ばか! おとなしく、ここで留守番しててよ」

 「ペートリューさん……は、飲んでるだけ……でやんすね、ハイ」


 ペートリューは冷たい地面に腰を下ろし、胡座あぐらで坐ったまま、大きな瓶から毛長牛ゲルクの乳酒をチビチビっているだけだった。


 プランタンタンは諦め、寒そうに身を縮めながら、

 「なるべく、てっとり早く頼むでやんすよ」

 「ストラ氏が大公と連絡をとったら、この場所を教えてあげてよ」


 オネランノタルがそう云い残し、ピオラを連れて都市の近くまで転送魔法めいて一瞬で魔力移動した。


 「……ここがどこか、まるで知らねえでやんす」


 口を三角にして前歯を見せ、鼻をピスピスと鳴らして、眉をひそめたプランタンタンがつぶやいた。

 


 「あれを見ろ!!」


 いち早く、物見台から見張りの兵士がその異形の2人・・・・・を発見したのは、ケ=ジゥ候の城から魔力の使者が消滅してから、30分も経っていない、我々の時間で云う午前10時半ころだった。


 本格的な冬を間近に控え、このような晴天の日は放射冷却現象により気温が異様に下がる。


 厳冬期はマイナス50℃にもなる大地だが、いまはマイナス2℃ほどである。しかし、時おり吹き付ける猛烈な北風により、体感温度はマイナス12℃にもなる。物見の任務は、はっきり云って罰ゲームを超えて拷問だ。厳冬期には、うっかりすると死者すら出る。


 その寒さの中で、真っ白い姿の大きな人物と、真っ黒い姿の小柄な人物が不釣合に並んで歩いている。


 大柄なピオラにまず注目した兵士ども、プランタンタンやペートリューが初見でそう思ったように、真っ白い服を着ているのだと思った。雪が降り積もれば保護色になるだろうが、まだまだ褐色の大地では、目立つことこのうえない。


 「な、なんだ、あいつは……?」


 が、竜革の頑丈なビキニ状の衣服に押しこめられた豊満にして頑強極まる肢体が眼に入ってくると、その異様さに兵士達は震え上がった。雪のように白い黒髪の大柄な亜種族の女は、どう見ても半裸だった。いや、ほぼ全裸だった。

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