第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-3-7 魔王の魔王による魔王のための魔王退治
「ストラの旦那は、いつもよりちょいとボケてるだけでやんす」
「…………」
ペートリューが、じっとりとした目つきで、まだ妙なポーズで固まっているストラを凝視した。
(あたしなんかが心配していても……どうにもならない……か……。まー、そりゃあーそーだよねーー~~)
そう悟ったペートリュー、
「やっぱりお酒下さい」
そう云うや、起き抜けからガフ=シュ=インの乳酒をストレートでガブ飲みし始めた。
「これこれ、これでなくっちゃ、ペートリューさんでねえでやんす」
プランタンタンは逆に安心し、自分も急いで肉を食べ始めた。
そうして出発の準備を整え、たき火も完全に消して、
「オネランの旦那、けっこうでやんす。行きやしょう。イジゲン魔王様の、ガフナントカ藩王国討伐の開始でやんす」
「分かっているじゃあないの、プランタンタン!」
満足げに、オネランノタルがプランタンタンをその黒と碧の不気味な四ツ眼で見つめた。
「ではこれより、異次元魔王ストラ氏が進軍を開始する! 魔王の魔王による魔王のための魔王退治の始まりだよ! あ、魔王紋はある?」
「マオウモン??」
プランタンタンが眉をひそめたが、ペートリュー、
「これですよ……」
いつぞや、タケマ=ミヅカに渡されたストラの魔王紋「星に渦巻き」が彫刻された銀のメダルを出して見せた。
「ああ、これなら重てえんで、あっしはストラの旦那の宝物庫にしめっちめえやんした」
「あ、あたしが持ってますから、大丈夫です……」
「よしよし、それは意外に大事だから、なくすなよ」
「そうなんでやんすか!? ゲッシシッシシ……しまっておいて、大正解でやんす」
「仕舞いこんだら、使えないですけどね……」
「じゃ、行くよ!」
「大明神サマあ、行くってよお!」
ピオラがそう云い、一行は初めてストラが少し離れたところで延々とラジオ体操をしていることに気がついた。
「旦那、ストラの旦那、行きまっせ!」
「うーん」
「旦那ってば!!」
「うん」
いつもの半眼無表情にさらに輪をかけた顔で、ストラがオネランノタルへ近づいた。
オネランノタルが無言で右手を上げ、5人が一条の光となって山脈を超えた。
4
ガフ=シュ=イン藩王国の西部にある巨大なケ=ジゥ州を治めるケ=ジゥ侯ミルラ=クスは藩王ドゲル=アラグと同世代の47歳で、若いころは王都の学問所で学友も務めた間柄である。藩王国の重鎮貴族の1人だった。
そんなケ=ジゥ州の都ジ=ヨは、人口7万5,000を数えるガフ=シュ=インの西部最大の都市であり、藩王国西部防衛の要にして、最大の城砦都市でもある。
ケ=ジゥ侯の元に、藩王から急使の魔法伝達が届いたのは、ルートヴァンが王都を脱出した翌日だった。
「我が国が、ヴィヒヴァルンへ宣戦布告!? ヴィヒヴァルンの奉戴する魔王が、侵略してくるだと!?」
「ははあっ……!! 侯におかれましては、彼方の閃光により目覚めたと思われるヴィヒヴァルンの魔王や、王都を脱出したヴィヒヴァルンの強力な魔法使いである間諜の陽動に、充分すぎるほど充分に注意されたい……と!」
「注意も何も……宣戦布告などするから、魔王が攻めてくるのではないのか!? 陛下は何を考えておられる!?」
「神の子の託宣に御座りまする……!!」
「たくせっ……!」
託宣であれば、何でもできると思うなよ!! と喉まで出かかったミルラ侯だったが、云ったところでどうしようもない。
(陛下の御真意を、確かめなくては……!!)
そういう思考ができるあたり、やはり藩王の側近の1人である。
問題は、既にミルラには藩王の真意を確かめる時間が無いことだった。
「閣下!! イ……ジンゲン魔王とやらの使者を名乗る者が……!!」
「なんだと!!」
ミルラが思わず、執務室の席から立ち上がった。




