第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-2-9 難なく撃退
よく訓練された北方の蛮兵たち、突然の指揮官の死にも全く動揺せず、瞬時に弓兵が下がって弓を引き絞り、手槍兵がシーキを囲んで槍を突きたてた。そのまま、シーキを四方八方から串刺しにする。
同時に、シーキに施された防護魔法が発動、軋んだ狭窄音を発して、槍の穂先を全て跳ね返した。
「魔法で殺せ!」
魔法の防護壁はもちろん魔法攻撃も防ぐのだが、耐久力(防御力)を劇的に削るのは、通常攻撃より魔法や魔力の武器による攻撃だ。それは効果時間が大幅に減るとか、通常武器でも突き破れるほど弱体化するといった効果で表面化する。
至近距離から、魔術師が凍結魔法を唱える。爆炎や爆発の魔法では味方に近すぎるし、この低温下では威力も幾分か減衰するためだ。
しかし、シーキはむしろその魔法に自ら突っこんだ。
シーキも、キレットの防御魔法を信じきっていたし、次に倒す相手は魔術師と分かっていたからだ。
とはいえ、そうは云ってもそれを躊躇なく実行できるシーキは、やはりただの代理人兼通訳ではない。特務とはいえ、流石にチィコーザ王国正騎士だ。
人間の1人や2人など一撃で彫像のように冷凍する威力の魔法を頭からかぶり、魔法の壁が反応して魔力と魔力がぶつかる軋んだ音を間近で聞いたシーキ、一瞬だけ肝が冷えたが、すぐさま防御に成功したと判断するとそのまま魔法使いの懐に飛びこんだ。
冷えて乾燥した空気がさらに凍りついて、人間の水分と反応して水蒸気の塊を放出するところ、魔力の流れをかき分けてシーキが突っこんできたので、魔術師は完全に虚を突かれ、かつ反応できずに硬直した。
シーキが魔術師の胸板を小剣で貫き、そのまま体当たりで突き放した。
平原に転がって、魔術師人が即死。他の魔術師も動揺で固まった。副隊長が兵士達にシーキを取り囲んで殺すよう命じようと息を飲んだ瞬間、脳天からネルベェーンの乗る土潜竜に咬みつかれ、持ち上げられて呑まれていた。
副長も倒され、残った兵士達が我先に逃げ出した。
シーキが振り返ってみると、キレットの操る土潜竜が逃げ惑う兵士達へ毒粘液を吐き散らしている。
4人で、500の追討部隊を難なく撃退したのだ。
どころか、ホーランコルなどは勝利を確信し、毛長牛を引いてのんびりを歩いているではないか。
「スッゲエ……」
思わず、シーキがつぶやいた。
凄腕の勇者のパーティでも、なかなかこうはゆかぬ。
異次元魔王の配下、連絡要員ですらこの実力ということだった。
(陛下が、ヴィヒヴァルンに味方するかどうかは分からんが……ありのままを、報告しておこう)
シーキは、静かにそう思った。
3
季節柄、早く夜の帳の下りた頃合いでルートヴァンが伝達魔法の小竜でキレットやホーランコルと通信していた、まさにその時である。
「ルーテルさん、来やがったぜ!」
出入り口で外を見張っていたフューヴァが、そう叫んだ。
「ヴィヒヴァルンの間者を取り押さえろ! 逆らえば殺せ!!」
王都警備近衛部隊長が口上をあげつつ命を飛ばし、明かりを持った兵が借家を取り囲んだ。
ルートヴァンが連絡を切り上げ、杖を振りかざす。
既にガフ=シュ=インはヴィヒヴァルンに宣戦布告済みだ、ルートヴァンにとっても遠慮はいらない。
とはいえ、短期間ながら世話になった周辺住民に迷惑をかけるつもりも無い。
「突撃!!」
と、隊長が叫んだとたん、ルートヴァンが麻痺の魔術を思考行使。ルートヴァン級ともなると、人間の20や30は余裕でひっくり返すことができる。
ひきつった様な声を発し、バタバタと冷たい地面の暗がりに兵士達が倒れ伏す。隊長が唖然としていると、余裕の態度でルートヴァンが家から出た。
「安心しろ、呼吸までは止めていない。やろうと思えば、できるがな」
闇の中、ぼんやりと明かりに浮かび上がった不敵なルートヴァンの笑みの、暗殺針のように不気味な殺意に、近衛部隊の隊長は震え上がった。
「なに格好つけて余裕ぶっこいてるんだよ、まだまだ来るぜ!」
続いて出たフューヴァに背中を叩かれ、ルートヴァン、苦笑しつつ、
「少しはハッタリを効かすもんだよ、フューちゃん……」
「うるせえ! アタシはストラさん以外で、そんなハッタリは信用しねえ!」
ストラと比べられたら、ルートヴァンも何も云うことは無い。




