第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-2-8 奇襲
その、南部州から集められた人々の一部だった。
従って、文化的には藩王国とノロマンドル地方が入り混じったような人々だった。
彼らは、藩王に絶対的な忠誠を誓っているわけではないが、かといって神の子の託宣に逆らって滅ぼされた弱小氏族の歴史を知っているので、神の子を信奉しているのは間違いなかった。今回のヴィヒヴァルンへの宣戦布告や、異次元魔王一派の討伐も、託宣ゆえに支持している。
「射ち殺せ!!」
一直線に向かってくる騎兵など、狙ってくれと云わんばかり。大隊長の横で、五人の弓兵が牛上でも使える短弓を構えた。射程は長弓の半分以下だが、連発や小回りが利くうえ、複合弓なので威力も充分にある。
それへ、魔術師が攻撃力付与及び誘導魔術をかけた。
物理と魔力の複合的な威力で、生半可な魔法の矢の魔術より、よほど強力であった。
遠方よりそれを認めたホーランコルが、器用に牛を操ってジグザグに走り始めた。
「射て、射て!!」
5人がまさに矢継ぎ早に矢を射ちかけ、魔術師がどんどん魔法をかけた。
冷え切った空気を切り裂いて飛ぶ矢が銀色に光り、まさにホーミングミサイルめいた異様な軌道でホーランコルに迫った。
「ホーランコル、避けろ!」
後方から一気に距離を縮めるシーキが叫んだが、ホーランコルは矢には構わず、シーキへ手で素早く何かを合図した。
(なにっ……!)
シーキが、驚いて息を飲む。打ち合わせていたわけではなかったが、騎兵戦の基本的なサインだったので、騎士であるシーキは意味を理解した。
そのまま、方向を変える。
ホーランコルは、魔法のことはあまり分からなかったが、ルートヴァンが全幅の信頼を置くキレットとネルベェーンに、同じく全幅の信頼を置いていた。すなわち、キレットの防護魔法を信じていた。あの程度の付与魔術をかけられた矢など、余裕で防げると判断していた。
その通り、回りこんで斜め後ろからホーランコルと毛長牛に突き刺さった5本の矢は、金属を切り裂いたような音や白い閃光と共に、防御魔術の壁が弾いた。
が、それくらいは大隊長も想定済み。
「数で押せ! 防御魔術ごと崩せ!」
敵の攻撃力が上回れば破壊されるのは、物理的な楯も魔法の楯も同じだった。どんどん矢が放たれ、何十という攻撃が連続して蛇行するホーランコルへ命中する。
(さあて、キレットの魔法の楯の効果が切れるのが先か、魔法防壁が破壊されるのが先か、おれが連中へ突っこむのが先か……勝負だ!!)
ホーランコルが魔法剣を片手に急な方向転換で矢を回避するが、追尾魔術がかかっており、正確にホーランコルを襲う。如何に魔法の楯で防いでも、衝撃までは防げないので、命中して魔法防護壁が反応するたびに毛長牛ごと押されてしまう。
「動きを止めろ!」
さらに大隊長、矢が残っているうちに、作戦を変える。
目標を、ホーランコルが走る先の地面へ変更。
ただの矢ではなく、攻撃力付与魔術がかかっており、小型の迫撃砲並の威力で地面が抉れ、次々に土煙が立った。
(やるな……!)
驚いた毛長牛が後ろ足で立ち上がり、よろめいて止まってしまった。
そこに次の攻撃が来てまた地面を抉り、さらにその次の攻撃がホーランコルへ命中した。
ついに、自らの魔法防壁に押された毛長牛が横倒しとなった。
ホーランコルも投げ出され、冷たい地面に転がった。
そこに、5本ずつの攻撃が左右から集中する。
防壁はまだ生きているが、猛攻にホーランコルは動けなくなった。
「魔獣が来る前に殺しておけ! 魔獣はどうした!」
その大隊長の背中から、頑丈な革鎧ごと剣が貫いた。
「……隊長殿!!」
ホーランコルに集中し、背後からのシーキの接近に、まったく気づかなかった。
ホーランコルは自らを囮にし、シーキへ奇襲を指示したのだ。
また、そもそも情報騎士であるシーキ(ズィムニン卿)にとっても、このような奇襲戦は大得意なのだ。それを見越しての指示でもあった。
さらに、シーキの剣にもキレットによる攻撃力付与魔術がかけられてる。護身用の小剣ながら、板金をも紙のように貫通する威力を発揮した。
口から大量の血を噴き出して、大隊長が前のめりに伏した。
「貴様!! いつの間に!!」
即座に副官が指揮権を預かり、
「取り囲め!」
近衛兵に命令する。




