第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-2-3 ルートヴァンからの連絡
「慣習ねえ……」
街道をゆったりと進む毛長牛の背中で、ホーランコルが嘆息した。
そして、ブルッと震える。その日は天気が良かったが、やけに冷えていた。厚着をしているが、心底から冷えるのだ。放射冷却現象が起きている。
「寒くないですか?」
南部人であるキレットとネルベェーンを気遣い、ホーランコルが斜め後ろを行く二人に声をかけた。
「はい、大丈夫です」
白い息を吐いてキレットが答え、無口なネルベェーンは右手を上げて答えた。
シーキに魔法使いということを隠している(もっとも、シーキは気づいているが)ため黙っていたが、2人は魔法で寒さを防ぎ、また暖を取っていたのでなんとか平気だった。魔術師でなかったら、とても極寒冷地踏破未経験の南部人が耐えられる寒さではない。しかも、これですら厳冬期よりかなり「暖かい」のである。
「あと少しで王都です! 頑張りましょう!」
先頭を行くシーキが、振り返って声を張り上げた。
その夜は、これまでで最も冷えた。
乾燥した毛長牛の糞は良い燃料になるが、寒さが尋常ではない。
天幕の中で、いくら火をくべても、まったく暖まらなかった。
「ちょっとこの時期にこの寒さは、珍しいですね……」
天幕は2つ張っており、キレットとネルベェーンで1つ、シーキとホーランコルで1つを使っていた。
「あの2人は、大丈夫でしょうか?」
シーキが、諜報員の視線ではなく本気で心配した。
何らかの魔法でしのいでいるっぽいとは薄々気づいていたが、シーキに云うわけにもゆかず、ホーランコル、
「体調を崩されでもしたら大変ですが……他人より、我が身という想いもあります。こんな寒さは、ウルゲリアでも帝都でも経験がありませんよ」
ホーランコルが細かく震えながら、眉をひそめて毛長牛の毛布を引き寄せた。着こんでいる防寒着は裏地が子毛長牛の毛皮で、かなり暖かいが、底冷えというか、地面に全ての熱が吸われるような寒さは異様だった。もちろん、地面の上にも毛皮の敷物を敷いているが。
(効果があるのか!? これは……!)
ホーランコルが目をつむり、まるで冷気の魔法攻撃でも受けているような感覚に恐怖した。深部体温が下がっており、恐ろしいほどに眠い。
「ホーランコルさん、ホーランコルさん!」
そのホーランコルを、シーキが揺さぶった。眠ってはダメだ……! というわけではなく、
「キレットさんが!」
「キレットさんがどうかしましたか!?」
異変を感知し、無理やりにもホーランコルが起き上がったが、
「ホーランコルさん、そしてシーキさん……殿下より、御話があります」
天幕の入口より火に光る赤茶色の顔をのぞかせて、キレットが目を細めてそう云った。
「えっ……殿下から!?」
思わずホーランコルがそう云ってしまい、口を手で押さえたが、もう、連絡用の小竜がするりと天幕の中に入った。キレットも、同様に天幕に入り、2人用の天幕が狭くなる。
「ホーランコル、御苦労だったな!」
小竜からルートヴァンの声がし、度肝を抜かれてホーランコルがキレットやシーキを見やって目を丸くした。
シーキも、あまりの展開に息が止まった様に驚愕している。
「チィコーザ王国の諜報騎士殿にも、正式に話をしたくてね。僕は、ヴィヒヴァルン王国エルンスト大公ルートヴァンである」
「え……!! あ……その……」
さしものシーキも、動揺で目が泳いだ。
だが、大きく息を吸い、
「どこまで御存じで?」
肩をすくめて逆に尋ねた。
「ガフ=シュ=インが、ヴィヒヴァルンに宣戦を布告うゥ!?」
腰を抜かさんばかりに、シーキが素っ頓狂な声を上げた。
「そ……そんなことになっているんですか……!?」
ホーランコルも、寒さも眠気もぶっ飛んだ。
「まさに、およそ、まともな人間の考えることではない。よほどの傑物か、大バカ者か、あるいは人間ではない輩の考えることと判断するのが妥当だろう」
「人間ではない……」