第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-1-7 どう動かすか
何をどう覚えているのか……まったく、見当がつかない。
ピオラも怪訝な表情で、一同を見渡して固まっている。
「大丈夫かあ? この大明神サマはよお」
ド直球の質問に、プランタンタンとペートリューが、固まった。
「大丈夫かって云われると……まったくもって、わからねえでやんす」
「えええ……」
珍しく、ピオラが眉をひそめた。
「番人よお、こら、ダメだあ。この大明神サマはよお。あたしゃあ、村へ帰るよお」
「バカ云え、今は一時的に混乱しているだけだよ。なにせ、彼方の閃光に半日も曝されていたのだから、ね……」
クックック……と、いかにも悪の親玉のような笑い声を発して、オネランノタルがその四つ目を細めながら耳にかかる髪をたくし上げた。
「一時的……ねえ」
ピオラが口元をゆがませ、うさん臭げにまたラジオ体操を始めたストラを見つめる。
ストラが目覚めたのは、必然にして偶然だった。
オネランノタルが延々と調整していた次元光の波長のうち、本当にたまたま、ゲベロ島で食らった次元振動による影響を払拭する波長が存在しただけだった。
しかし、彼方の閃光に来なかったら……どうなっていたか、まったく分からない。この世界で最初にプランタンタンに出会ったときのように、奇跡的な確率で自然に眼が覚めるまで、このままだったろう。
「オネランの旦那、じゃあ、これから、あっしらはどうすりゃいいんで?」
防寒着を着こんでいても、猫背にエルフの長い手足はシルエットが変わらない。プランタンタンが、その長い手を上げて、オネランノタルへ尋ねた。
「プランタンタン、それにペートリュー。そもそも、お前たちがこのガフ=シュ=インに来た理由は、なんなの?」
改めて問われ、プランタンタンとペートリューが顔を見合わせる。
「そりゃ、ストラさんを目覚めさせるためです」
ペートリューが新しい水筒を出し、飲みながらオネランノタルに答える。
「目覚めさせて、どうするつもりだったんだい?」
「どうするって……」
ペートリューが、プランタンタンを見やった。
「どうするつもりだったんでしょう?」
「いや、知らねえでやんす。もう、ストラの旦那を目覚めさせることにアタマがいっぺえで……」
「ですよね。ルーテルさんに聞かないと……」
「ルーテルというのは、誰なの?」
ラジオ体操を続けるストラの前で、オネランノタルが尋ねる。
「ストラさんの参謀の……ヴィヒヴァルンの王子様です。ヴィヒヴァルンから一緒に旅を続けて来ましたが、ゲベロ島ではぐれてしまって……。でも、ルーテルさんのことだから、もう一人の仲間のフューヴァさんと、この国に入っているはずです」
「ヴィヒヴァルンの? エルンスト大公ルートヴァンのことかい?」
「え、さ、さあ……」
動揺したペートリューが、水筒を一気に傾けた。
「たた、たしか、そうだったかも。ねえ、プランタンタンさん」
「覚えてねえでやんす」
「覚えてません。で、でも、でも、たしかそう名乗ってた時もあったかもしれません」
もう、オネランノタルが吹き出して笑っていた。
「分かった分かった……お前たちには、もう何も聞かないよ。エルンスト大公ほどの人物が帰依し、仕えているんだ……。この異次元魔王、むしろこの世界の存在である我々が、どう動かすか……で、この世界の命運が決まると心得たほうがいい。異次元魔王はあくまで道具であり、道具に意思はない。意思はないから、この態度は正しい」
「ラジオ体操第3って、とても珍しいのを御存知ですか?」
いきなりストラがそう云って動きを止めたので、一同が黙りこむ。
「い、いや……」
さしものオネランノタル、意味が分からず口ごもった。
「そうですか」
ストラはそのまま動きを止め、腕を組んで明後日の方角を向いて彫像のように動かなくなる。
「こ……このかっこうの旦那は、よく見ていやあした」
プランタンタンがそう云ったが、
「でも、何を考えておられるのかあは、知りやあせん」
すぐにそう付け加える。
「番人よお、大明神サマがいくら強くたってよお、あたしにゃあ、こんなのは動かせないよお……」
腰に手を当て、ピオラが肩をすくめる。