第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-1-5 次元光
ドゲル=アラグが慌ただしく牛車に乗りこみ、レザル=ドキが共に乗って良いのかどうか戸惑って立ちすくんでいると、
「とっとと乗れ!!」
明け放った牛車の扉からそう怒鳴られ、レザル=ドキも転がるようにして乗る。
「出立だ!!」
託宣は、1つとは限らない。託宣の後は神殿で数日滞在し、その他の託宣を待つ習慣だったが……。
「陛下、如何なされましたか」
レザル=ドキも異常を察知し、厳しい表情となる。
「我らが平和を脅かす、新魔王を奉戴しているヴィヒヴァルン王国へ、宣戦布告をしろとの託宣だ……!!」
「……は……!?」
流石のレザル=ドキも、言葉を失った。
「そうなるよな、普通、そうなるぞ」
怒り狂ったようなドゲル=アラグの顔が、初めて少しゆるんだ。
「せ、宣戦布告とは……! あの……神の子は、どのような意図で……!?」
「知らんよ」
「恐れながら申し上げます、それは、本当にガフ=シュ=インのために……」
「分からん」
レザル=ドキも思わず声をひそめ、
「よろしいのですか」
「託宣には逆らえん。分かっているだろう」
「ですが……!!」
「まあ、落ち着け……。ヴィヒヴァルンの新たな魔王とやらが、動き出してからだ。いま布告しても、気が狂っているとして黙殺されるだけだ。もう少し待て……」
「そういう問題ではありませぬぞ」
「なに……どうせ帝国は遠からず崩壊する。ヴィヒヴァルンの老王も、それを見越しての新魔王の奉戴だ。戦乱が近いのは、確かなのだ。その先駆けとなるのが、ヴィヒヴァルンではなく、このガフ=シュ=インだったというだけのことだ」
「はい……」
レザル=ドキは、承服しかねるという表情を崩さなかった。それはもちろんドゲル=アラグもそうだったが、ドゲル=アラグには違う考えも浮かび始めてきていた。
(これを機に……イジゲン魔王とやらにあのバケモノどもを排除してもらうのも、手かもしれん……!
もう限界だ……! あんなバケモノどもに、この美しい天空と草原の大地を好きにさせるのはな……!!)
藩王の怒りは、心中でドス黒く渦巻いた。
そのころ、彼方の閃光では……。
虹色の次元光が天まで立ち上ってから、半日が過ぎた。
周囲が明るくなっても、谷あいから山の斜面や尾根を揺らめきながら光のカーテンが移動し、必然、次元の裂け目もその下で移動していた。
ピオラに誘導され、プランタンタンとペートリューは彼方の閃光の揺らめきから逃げるように谷を上り、尾根を越えて隣の山に移動していた。
「さすがに……疲れたでやんす」
一睡もせずに歩き回っていたプランタンタンが、フラフラしながら朝日と次元光に目を細める。そのまま、気絶するように地面に倒れこみ、寝てしまった。
とっくに気絶しているペートリューを小脇に抱えていたピオラが、地面のプランタンタンも拾って抱えると、それまで以上の速度で山を走った。
次元光特有の甲高い独特の音が、周囲にずっと響いている。
その音に反応し、山の高いところでは雪崩も起きていた。
(……長えなあ……)
ピオラも、少し疲れてきた。なにせ次元光は大波が打ち寄せては引くように揺らめいて、規則性があるようで無く、避難路をどうとるのかが難しい。大きく光を避けて逃げた先に、先回りするように巨大な光のカーテンが押し寄せてきたのも一度や二度ではなかった。
なにせ、次元光に触れると、どうなるのか分からないのだ。揺らめきと同じく常に変化する次元振動数によっては、粉微塵になって異空間にばらまかれるし、何の影響も無い時もある。全ては、偶然の結果なのだった。
しかも、余りにも巨大な光の壁だ。地面をウロチョロするピオラなど、アリ以下の微生物がごときだ。
(しかし、そのわりに、岩々や木々などは、次元光に触れてもそのままなのだった。)
そして完全に夜が明け、さらに、昼近くになったころ……。
彼方の閃光が、収束を始めた。
「やっと、終わりやがったよお!」
ピオラが、安堵のあまり声に出して大きく息をついた。
「お前ら起きろお! 大明神サマが御目覚めだぞお!」
小脇の2人を地面に落とし、ピオラもどっかと地面に座りこんだ。
「……ストラの旦那が、目を覚ましたんで!?」