第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-1-2 リノ=メリカ=ジント
ドゲル=アラグは哀れに思いつつ、作法に従って土下座し、
「偉大にして聖なる尊者、我が師、我が父、我が先導者よ、何卒その御言葉により、この天空と草原の地を平和に御導き下さりますよう」
通常なら、その言葉に答えるように神の子が言葉を発するのだが、その特別な場所は異なる。
ドゲル=アラグも、即位してから二度しかそのおぞましい姿を見たことがない。
ザワザワと魔力を揺らす気配がして、神の子に憑依しているそれが姿を現す。
ドゲル=アラグの背筋に、悪寒と共に恐怖と嫌悪が、これでもかと走った。
「平和?」
「平和だと?」
「そうだ」
「その通りだ、藩王よ」
「我が言葉は、この地に平和をもたらす」
「平和だ!」
「平和のためだあーッ!!」
「平和は大事!」
「頑固に平和だ!」
「その平和を、脅かすものが来ている」
「藩王」
「藩王よ」
「分かっているのか?」
「藩王!」
「藩王ーッ!」
キヤ=フィンシ=ロの背後に顕れたのは、イモムシともクモとも人間ともとれぬ姿をした、15体の小さな魔族だった。1体の大きさは、30から、大きくても50センチくらいだろうか。
真っ白のブヨブヨしつつツルンとした肌を持ち、みな似たような姿だが、全て別個体だった。
眼鼻や耳、髪があったり無かったりの頭部をもっているが、共通しているのは1つから個体によっては複数の人間のような唇のある口を持っているのと、大豆ほどの真っ赤に光る単眼を頭部に有していることだった。
いや、単眼のように見えるが、単眼ではない。
極小の、シンバルベリルだ。
基本、シンバルベリルは色により魔力の凝縮含有量が決まり、シンバルベリルそのものの大きさは関係ない。
つまり、この群体魔族は、赤色シンバルベリルを15個も有していることになる。
星隕の魔王リノ=メリカ=ジントである。
個体名ではなく、群体名だ。個体名は無いか、あっても15体がそれぞれ秘しているので不明だった。
この魔王が、潜在的に魔力の高い子供に代々憑依している姿こそが神の子なのだった。
ちなみに、神の子はだいたい思春期を迎える前に、魔力を喰いつくされて死ぬ。これまでで最長寿の神の子は、14歳だった。最も早世したのは、7歳だ。
5歳で神の子となったキヤ=フィンシ=ロも、いつ死ぬか全く分からない。
この特別な部屋は、藩王が直接魔王から託宣を賜る、呪われた部屋だった、
そもそも、神の子と云っても8歳やそこらの子供が託宣などできるわけもなく……全て、この魔王である魔族の言葉である。
では、キヤ=フィンシ=ロの言葉と、リノ=メリカ=ジントの言葉は、なにが違うというのか……?
「聴いているのか、藩王よ」
「ハッ……!!」
ドゲル=アラグがひれ伏したまま、低い声を発した。
「聴いておりまする……!」
「藩王」
「はんおう……!!」
「平和を脅かすものを、許してはならん」
「認めてはならん」
「侵略者だあーッ!!」
「忌まわしき侵略者!」
「悪しき侵略者を許すな!」
「侵略者だぞ!」
「侵略など、けして許すな!!」
「だが、目覚める前に捕らえるのは、残念ながら失敗した」
「協力者がいるぞ!!」
「協力者だ!」




