第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 2-1-1 奥の院
第2部「星々の血の喜び」
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神の子の託宣は、ガフ=シュ=イン藩王国の前の北方草原王朝であるグロフェール王国の時代より絶対であった。
そもそも、神の子がグロフェール王を見限って、王国の将軍にして大貴族だった初代ガフ=シュ=イン王へ謀反を託宣したのが王朝交代の大名目なのだから、ガフ=シュ=イン王が神の子の託宣に逆らえるはずもない。
また、何度も互いにその支配地を脅かし、相争ったバーレン=リューズ神聖帝国へ服属を決めたのも、神の子であった。
神の子の託宣に、是非は無い。
呼ばれれば、何をおいても駆けつけなくてはならない。
藩王ドゲル=アラグ=ガウ=ガフシュは、本格的な冬も近い夜半だというのに、近衛兵に出立命令を出し、一族でもある近衛将軍レザル=ドキ=ガウを引き連れ、星隕の大神殿に向かった。
気候の良い季節であれば藩王自身も毛長牛に乗って草原を行くのだが、この寒さだ。大きな牛車に将軍と乗りこみ、移動しながら将軍と打ち合わせを行った。
ちなみに、将軍の牛車は他にあり、また同じような牛車が他に2台あって、合計4台の牛車が平原を進んだ。もちろん、どれに藩王が乗っているのか分からなくする、襲撃リスク回避のための欺瞞工作だ。
「ヴィヒヴァルンの新しい魔王のおかげで、とんだ騒ぎだ……!」
ドゲル=アラグ藩王が、忌々し気につぶやくが、レザル=ドキ近衛将軍は青ざめて、
「神の子に聞かれます……! 神の耳を持っておられます……!」
「聴こえるように云っている! この土地とこの国を、どこに導こうというのか!」
「陛下!」
レザル=ドキの表情は、藩王を諫めるというより、恐怖に引きつっていた。
その心中を察し、ドゲル=アラグもしぶしぶ、
「分かっている……。この草原の大地は、すべて神の子の治める地だ。我らは、それを代行しているに過ぎない。代々の神の子による託宣こそが、この人の生きるには厳しすぎる草原と天山の大地を生き抜くすべてだ」
「その通りでございます、陛下」
レザル=ドキの、心底安堵した様子に、ドゲルが目を細めた。
(お前たちは、知らんのだ……神の子の、真の姿を……魔力に秀でた幼き子らを、何百年にわたり、何百人と食いつぶしてきたバケモノこそが……我らと我らの先祖、そして我らの子孫を、戒め続けるのだ……!)
ドゲル=アラグは、だんだんと決心し始めていた。
この機に……ストラの出現を機に、
(神の子……いや、神の子を貪り続けるバケモノを……!)
葬り去り、人の手に神の子を取り返そうということを。
王都より大神殿に到着したころには、夏ならばもう夜が明けているころだったが、季節がら、凍りついたように冷える大地はまだまだ真っ暗だった。
牛車の中で仮眠していたドゲル=アラグとレザル=ドキは、大神殿の待合室で毛長牛の乳で煮出した濃茶を飲んで目を覚ましつつ正装に着替え、神官の呼び出しに応じ奥へ入った。
暗黒の中に幽鬼めいたロウソクの光だけが生前と並んでいる中を歩き、やがて控室に入る。レザル=ドキ将軍はここまでで、これ以降は藩王と王太子しか入ることを許されていない。
だが、通常の託宣の間のさらに奥に、藩王のみが入ることのできる奥の院とも呼べる特別な部屋がある。
滅多にその場所を使うことは無かったが、その日は、高齢の大神官がドゲル=アラグをその部屋にいざなった。
「……」
ドゲル=アラグはやや躊躇したが、殺すなら殺せと開き直り、闇の中に入った。
「藩王陛下、御苦労様です」
いつもの、聡明かつ魔力に満ちた張りのある少年の声がした。
明かりというより、魔力が光って、質素ながら神々しい装束と装飾品に身を包んだ神の子を浮かび上がらせる。台座のようなものに座り、ドゲル=アラグの目線よりやや高い位置にいた。
第286代神の子、キヤ=フィンシ=ロである。
とはいえ、8歳の子供だ……。
こんな夜も明けきらぬ早朝、普通の子ならぐっすりと眠りこけているだろうものを、強制的に覚醒させられ、王に向かって託宣をしなくてはならない。




