第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-3-20 彼方の閃光の屹立
山間は急激に暗くなり、気温が低下した。
オネランノタルの後ろを、ストラを抱えたピオラとプランタンタン、それにペートリューが続いた。
「ここだよ」
また険しい山道を行くと思っていたプランタンタンは、洞窟から比較的なだらかな地形を歩いてすぐのところでオネランノタルがそう云ったので、驚いた。
ちなみに、この中で夜の闇を見通せないのはペートリューだけだったので、誰も明かりを用意していなかったが、ペートリューは無意識の魔力直接行使で闇を見通す眼を会得しており、ほとんど闇の中を平気で歩いた。正直、照明魔術より暗黒視力の魔法のほうが遥かに高度で、魔力の直接行使はさらに難易度が高いのだが……。
窪んだ谷底のような土地に、ぼんやりと蛍光の緑と黄色を混ぜたように光ったものが、幅数メートル、長さ数十メートルほどの大きさでモヤモヤと蠢いている。変な色の細長い沼のようでもあったし、オーロラが地面に落ちてきて光が溜まっているかのようでもあった。
「なあんか、前に見た時より、弱ってるなあ、番人よお」
谷底の、音を全て吸い取るかのような静寂の中に、ピオラの能天気な声が響いた。
「弱ったり、強くなったりで安定しないんだ」
オネランノタルの説明に、
「次元の裂け目だから、不安定なんですよ……オネランノタルさん、ストラさんを目覚めさせられるかもしれない光の量が、足りないのでは?」
ペートリューはそう云って、水筒を傾けて豪快に喉を鳴らした。緊張しているのだ。ちなみに、「次元の裂け目」という概念は、ヴィヒヴァルンにおいて半合魔魂を果たしたプラコーフィレスの次元断層攻撃や、ゲベロ島での宇宙船ヤマハルの出現した跡の巨大な次元クレバスに落ちかけた経験により認識していた。この世界でも「次元断層」を認識できている人間は、ルートヴァンとペートリューの他に、何人もいないだろう。
「考えられる方法はふたつ。ひとつは、自然に光の量が増えるのを待つ。ひとつは、意図的に刺激して光の量を増やす」
「えっ、意図的に刺激して……大丈夫なんですか?」
「やってみないと分からないな。私としては、面白そうだから後者を推奨するけどー~」
「面白そうだから……」
ペートリューが黙りこんで、水筒を一気に空けた。
「なんでもいいでやんす。ストラの旦那が目を覚まさねえんなら、あっしらはもうおしめえでやんす。どうせおしめえなら、なんでもやるでやんす」
プランタンタンが淡々とそう云い放ち、
「まあ、そうなるよね!」
ペートリューも急に酔いが回ったものか、笑顔で云い放った。
「オネランノタルさん、豪快にやっちゃってください」
「ピオラは、それでいいのかい?」
いちおう、オネランノタルがピオラに確認する。
「次の大明神サマが目を覚まさねんなら、あたしらも困るう。世界が滅ぶぞお!!」
「じゃあ、きまりだよ!」
その時の、闇の中で見せたオネランノタルの笑みは、むしろ世界の滅亡を望む悪魔のそれに見えた。
「なあに、簡単だよ。あ、ストラ氏を置いて、君らは少し下がっていなよ」
オネランノタルの指示に従い、3人が下がった。
オネランノタルが右手をかざして魔力を行使すると、谷全体が揺れて次元の裂け目が刺激され、大きく広がると共に、にわかに虹色の次元光が輝き始めた。
「ま、まぶしいでやんす!」
プランタンタンが、目を背ける。エルフの眼には光量が強い。プランタンタンが眼くらましに硬直していると、
「おーい、もっと下がりなよ! さらに大きくするからね!」
オネランノタルの声がし、次元光の中にストラとオネランノタルが消えてしまう。ピオラが先導して、プランタンタンとペートリューも下がる……というより、光の及ばないところまで走った。
「急げ、急げえ! 巻きこまれて、どうなるかわかんねえぞお!」
狭い谷底で斜面まで光が広がり、3人が谷を登って岩陰に身をひそめる。途中、ペートリューが足を滑らせて滑落しそうになって、ピオラに片手で抱えられて斜面を登った。
虹色の濃厚な光の揺らめきが、谷底から遥かダジオン山脈の上まで忽然として立ち上る。
そして低く垂れこめる曇天に突き刺さり、雲を裂いてさらに上空まで突き抜けた。
一帯は昼より明るくなり、次元クレバスが広がって地面や木々などを事象の底に呑みこんでゆく。呑みこまれたものは、どこに行き、どうなるのか、誰にも分からない。
これが、「彼方の閃光」であった。




