第2章「はきだめ」 2-6 この人に賭けてみる
フューヴァ、急激に、
(もしかしたら、この人の世話になって……)
と、半分は夢とも野望ともつかぬ想いが、現実味を帯びてくる。
「御家再興」
という、人生の目的が。
「いつか……絶対……」
と、想いつつも、現実は、自分は歓楽街の娼婦でこそ泥で、虚言癖扱いの口からでまかせ女だった。
フランベルツ地方伯爵家の郎党だった曾祖父プチーツァル子爵が隣国マンシューアル藩王国との戦争でしくじり、惨敗して領地を失ってから四代目。一族郎党は散り散りとなって、なけなしの財産も父の代に底をついた。五歳のときにこの街へ流れてきて、さらに完全に破産した父は酒に溺れて死に、母は無理がたたって死んだ。この街には掃いて捨てるほどいる、典型的な敗残者。かろうじて残された子爵位も、自分の代で再興しなくては自動的に失われる。
(この人に……アタシも賭けてみるか……?)
まだぼんやりと明後日の方角を向いて佇んでいるストラの背中に、フューヴァは真摯な眼差しを向けた。
「……で、フューヴァさんは、いくら賭けるんですか?」
「え?」
「賭け試合でやんすよ」
フューヴァが、全身をまさぐる。あちこちから小銭を出して、
「……アタシは、この60トンプが全財産だ……」
「お貸ししやしょうか? 利子は三分で」
「え……いや、いいよ。借金は……もう散々だ」
「左様で……。ま、あっしら三人の御金様は、あっしらのもんというより、旦那のもんなんで……ま、どうとでもなりまさあ。なんにせよ、フューヴァさんが持ちきれねえほどの御金様を、稼いでみせまっせええーッ」
そう云って、ゲヒェッシッシッシ……と、妙な笑い声を出し、プランタンタンが目を細める。
(強えな、このエルフ)
フューヴァが、クスリと笑った。
ところで。
その、皆の期待を一身に浴びるストラであるが。
(おかしい……街の地下構造物の一部が……どうしても探査不可能……何らかの方法で、空間認識が妨害されている……。シンバルベリルの反応は、無し……)
ストラはこの街に入ってから、ギュムンデの至る所をつぶさに三次元探査をかけていたが、地下に迷宮のような構造物を発見し、探査を地下に伸ばしていた。が、街の真下にあたる地下迷宮の中心部……距離にして、地下30メートルほどが、ぽっかりと丸く探査不可能領域になっていた。
(未知の次元干渉効果により、空間が歪んでいる……。これは、魔力子……魔法による秘匿の可能性が95%……)
探査できぬとあれば、直接行って確かめるしかない。
危険があれば、強制的に排除する必要もある。
「ねえ、プラ……」
振り返ったとき、係が呼びに来た。
試合の時間だ。
3
「云いそびれましたが……」
通路で、フューヴァがストラに早口で耳打ちした。
「相手のゴハールは、総合四位で、対魔法効果のある鎧と楯を持ち、ストラさんと同じく魔法の効果のある剣を装備しています。元はどこかの騎士団にいたとかいないとかで、腕も凄いんです。本当なら、国に雇われて魔物退治でもしているはずなんですが、なぜかフィッシャーデアーデで稼いでいます」
「よく分かんない」
「え……」
思わず、プランタンタンを見るが、プランタンタンが眼を細めて首を振ったので、そういうものなんだと、分かってきた。
「相手が誰だって関係ねえでやんすよ。それより旦那、忘れないでおくんなまし、あんまりパッパとやっつけちゃあ、いけませんよ」
「うん」
そこは分かるんだ……フューヴァがなんとも云えず、顔をしかめた。
「心配するだけ損なのかな」
「損も損損、大損でさあ! すぐに分かりますよ、フューヴァさんも! あ、ペートリューさん、会場に酒は持ちこまねえでください!」
「あっ……わ、わかりました!」
ペートリューは飲み溜めとばかり、通路で水筒を一気に飲み干した。それを見やってフューヴァが目を丸くしつつ、
「……おい、ところでよ……あれ、ワインなんだろ? さっきからずっと、何本も飲んでるけど……」
「ワインなだけマシですぜ。蒸留酒とか、薄めねえでそのままカップで飲みますからね」
「うっそだろ……」
 




