第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-3-17 助かった
だが、ペートリューにルートヴァンのような判断や行動を期待するほうが間違っている。
とはいえ……。
「ペーーエエエトリューーーーさーーーーーーん!!!! このッ……!! この! おおおお! のまま! じゃあああ!! 酒が尽きておしめえでやんすうううううう!!!!!!」
ストラの箱を抱えた小型魔竜、ここにきてプランタンタンを振り落とそうと、上下左右に激しく方向転換しながら飛んだ。プランタンタンは死んでも手を離すまいぞと、必死の形相で箱にしがみついている。
が、もうぶら下がりで、いつ落ちてもおかしくないような状況だ。
「ペーーーートリュ! 酒があああ!! サケッ!! うわあッ! あぶねえッ! 落ち……落ちっ……!!」
プランタンタンが、あ、もうダメでやんす……と、涙目で放心しかけた時、
「ピオラさん! 魔力の塊は、ああ、あっあっ、あっちですよ!!」
ピオラがもう、まとわりつく触手を全て引きちぎりつつ、魔法の戦斧をプランタンタンめがけて投げつけていた。
空中の魔竜が回避しようとその身を捻りこんだが、ぶら下がっているプランタンタンにバランスを崩し、うまく旋回できなかった。
そこを、戦斧が正確に魔竜を両断にする。
魔力中枢が破壊され、魔竜は空中で分解されながら、谷底をめがけて、ストラの箱とプランタンタンごと真っ逆さまに落ちた。
同時に大型の魔竜も、グズグズと肉体が崩壊し、ボコボコと泡立って、やがて塵となって寒風に消えた。
すなわち、この囮にしてピオラを釘付けにするための大型の魔竜は、あの小型の魔竜の一部というか……分体のような存在で、この魔竜は最初から一体の魔物だったのだ。
だが、まだ終わっていない。
「プランタンタンさああーーーーん!!」
ペートリューが、尾根から岩肌の突き出る崖の下を見やる。200メートルはあるだろうか。もう、どこにもプランタンタンもストラの箱も見えなかった。
やおら、通常モードに戻ったピオラが、崖下めがけて急な斜面を飛び降りた。
「ピオラさん!」
「ちょおっと待ってろおおお!!」
ピオラの白い体は、ところどころの冠雪やむき出しの岩肌の中では実は保護色で、すぐにどこにいるのか分からなくなった。
横殴りに山風が吹きつけはじめ、ペートリューが震えながら水筒を傾けて緊張に耐える。
分厚い雲も流れてきて、真っ暗闇の中、にわかに雪が降ってきた。
それが見る間に大量の降雪となって、猛吹雪になった。
「うわうわうわ……!」
吹きっ曝しの尾根で、ペートリューがどうしてよいか分からず、フードに包まりながら岩肌にへばりつき、ひたすら酒を飲むのが精一杯だった。
その中を、小脇に気絶したプランタンタンと、壊れた箱から投げ出されたストラを抱えたピオラが片手で急峻な岩肌を登ってきた。
「お待たせえ! なんとか見っけたよおお!!」
ペートリューは雪だるまのようになって、気絶していた。
「…………」
プランタンタンが目を覚ますと、暗がりに焚火の前でひたすら何かの肉を貪るように頬張っているピオラと、ひたすら酒を飲んでいるペートリューが眼に入ったので、あの世なのか助かったのか判断できず、自分の頬をつねってみた。
「痛えでやんす」
助かったようなので、起き上がった。
「よおお、プランタンタン、気がついたかあ」
手の甲で口元をぬぐって、振り返ったピオラがその澄んだ泉色の眼を輝かせた。
「……洞窟でやんすか?」
周囲を見やって、プランタンタンがつぶやいた。うまそうな肉の焼ける匂いに、腹も鳴る。
「喰いなよお」
ピオラが串に刺した肉塊をとって、プランタンタンに渡す。受取ったプランタンタン、小型ナイフで肉を削り、遠慮なく頂いた。熱い食べ物に、心も暖かくなる。
「うめえでやんす!」
「そうだろお?」
「ピオラの旦那、竜でも狩ったんで?」
「いやあ、番人に助けてもらって、肉も分けてもらったんだあ」
「へえ……番人に……番人ンン!?」
あやうく、肉を吹き出すところだった。もったいない。急いで飲みこみ、
「えっ、ピオラの旦那、番人ってえと、あの、なんとかの谷の、魔族の……!?」
「彼方の閃光の、番人だあ」
「魔族が、助けてくれたんで?」
「そこにいるう」
ギョッとしてプランタンタン、周囲を見やる。
闇を見通すエルフの眼をもってしても見えない闇に、眼のようなものが4つ、光った。




