第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-3-9 パガンゲドル
振り返って、ピオラが舌を打つ。ペートリューは、別に騒いでいるわけではないが、襲撃された場合、どうしようもないのは明白だ。
「あんなのが出るんじゃあ、あの人は留守番させておくんだったあ」
ピオラが慎重に上空を警戒しつつ、そう云った。
「ありゃあ、なんでやんす?」
「魔竜だあ」
プランタンタン、そんな竜はしらなかった。
「パガ……どんなやつばらで?」
「正確にゃあ、竜じゃあねえ。喰えねえからなあ。魔物だあ」
「へええ、魔物でやんすか!?」
プランタンタンが改めて、上空を確認した。不気味な影は、まだ旋回している。
この世界の竜という生物は、一般的に魔物・魔獣と呼ばれる場合もあるが、プランタンタンやピオラと同じく炭素生物であり、いわゆる「モンスター」だ。魔力依存生物……魔物とは異なる。
それが、魔物だというのだから、ピオラの通り正確には竜ではなく、竜に似た魔物だった。
「なんだって、あんなのがこんな場所を飛んでるんだあ?」
ピオラが、そう云って眼を細めた。
「普段は、飛んでねえんで?」
「飛んでねえ。もっとずっと北のほうか……まさか、彼方の閃光の番人が呼んだのかあ?」
「ま、魔族なんでやんしたっけ?」
「そうだあ」
「じゃあ、きっとそうでやんす!」
「でもよお、あんなのを呼ぶ必要もねえくらい、強いんだあ」
「じゃあ、なんで飛んでるんでやんす?」
「わかんねえ……」
プランタンタンも途方に暮れ、眉間にしわを寄せて前歯を出し、鼻をピスピスと鳴らした。
「……行っちまったあ」
ピオラが幾分か緊張を解き、息をついて云ったので、プランタンタンも胸を撫で下ろした。
「待っててくれたんですか、すみませんですう!」
やっと追いついた汗だくのペートリューだけが、水筒から酒を飲み飲み笑顔を見せた。
そんなペートリューを、2人が何とも云えぬ眼つきで見返した。
その日の野営で、
「歩いてるだけで、そのうち着くよお」
などと破顔して豪語していたピオラが、流石に神妙な顔つきで作戦会議を開いた。
トライレン・トロールはやけに火を熾すのがうまく、どんなに湿気った枝や柴でも、独特の道具を使って必ず着火させる。プランタンタンは魔法の道具だとばかり思っていたが、どうも違うらしい。
大きな焚火に干し竜肉を炙り、2人でかじりつく。ペートリューは、1日の御褒美と云わんばかりの笑顔で、樽の酒をグビグビ吞っていた。
「メシは、チビチビ食えば、20日くれえは持つう。その後は、また竜でも狩ろうかと思ってたけどよお、魔竜が出たら、話は別だあ」
「な、なんででやんす?」
「逃げちまうんだあ。竜がよお」
「へええ」
「かと云って、魔竜は喰えねえ」
「云ってやしたよね」
「それどころか、見つかったら手強ええ。しかも、あたしらを探してるみてえだったあ。誰かの差し金だあ」
「で、でも、閃光の番人だっちゅう、魔族ではねえんでやんしょう?」
「たぶんなあ。いってえ、誰だあ……わかんねえけどよお。きっと、この新しい魔王を探してるんじゃねえかあ?」
ピオラが、場の片隅に置いた背負い箱へ眼をやった。
「なあるのほど……。ストラの旦那は、行く先々で魔王を倒しているんでやんす。そのたびに、魔王の御宝……ゲフンゲフン、これは、余談で……でやんすから、この国の魔王が、動けねえでいるストラの旦那のことに気づき、前もってやっつけちまおうって寸法じゃあ、ありやあせんかねえ」
プランタンタンの鋭い洞察に、ピオラはしかし、
「わかんねえ」
としか云わなかったし、それは本当にそうだった。
「このガフ=シュ=インに魔王がいるなんてえのも、初耳だあ」
「閃光の番人の魔族は、そういうの、知らねえんで?」
「聞いてみねえとわかんねえ」
「じゃあ、聞いてみやしょう」
プランタンタンが大真面目にそう云ったので、ピオラは一瞬、眼を丸くし、それから笑いだした。




