第2章「はきだめ」 2-5 そういうこと
「どうせ勝つって……」
「あっしは、旦那に1,000トンプ賭けるでやんす」
「せっ、1,000トンプ!?」
「ペートリューさんは、いくら賭けやすか?」
「え……じゃあ、800トンプ」
ペートリューは笑顔でボサボサの赤茶の髪を何度も手櫛で梳き、反対の手で水筒を一本、飲み干した。そして次の水筒を出そうとして、
「あ、もう止めておいた方がいいでやんす」
「え……そ、そうかな」
「そうでやんす!」
とりあえず、ペートリューは水筒に伸ばしていた手を戻した。プランタンタンがそれを確認して一息つき、
「フューヴァさんも、有り金ぜえーんぶ賭けておいた方がいいでやんすよ。なぜって、たぶんストラの旦那の賭け率は、いちばん最初の試合がいちばん高くて、あとは下がる一方だからでやんす」
「え……どういうことだい?」
「無敵だからでやんすよ~~げひぇっシッシッシッシシシッシ……!」
「無敵!?」
「いつまでも勝ち続けてたら、強すぎて倍率は下がるでやんしょ? かといって、ワザと負けるなんざあ、旦那はいたしやせん。たぶん」
「……はあ?」
「あ、それから旦那。試合は興業でやんすから、いつぞや竜騎兵を倒したみてえに、瞬きする間もなく相手をブッ殺しちゃあ、ダメでやんすよ。客を少しやあ、楽しませておくんなましね」
「うん」
ストラが明後日のほうを向いたまま、気のない返事をした。
「竜騎兵って……まさか、ゲーデルエルフの竜騎兵かい?」
「そうでやんす。あっしはワケあって……エルフの里から抜けてきたんでやんす。で、鬼か悪魔かっちゅうあっしの主人……いやいやいや、元主人が、大ゲサにもこれが、竜騎兵なんか出してきやあがって……! それを、このストラの旦那が、もう! 眼にも止まらねえ……なんでしたっけ、あっしは魔法にはくわしくねえんで……」
そう云ってペートリューを見やると、ペートリューは壁のほう向いて水筒をチビチビやっていたので、プランタンタンはため息と共に、
「ペートリューさん!」
「あ、ごっ、ごご、ごめんなさい……」
「まあ、いいでやんす……。ストラの旦那が使った魔法、なんていうやつでしたっけ? 眼にも止まらねえで動くやつ……」
「高速化の魔法ですか?」
「ああ、それそれ、それでやんす……!」
「そんな魔法があるのかい!?」
フューヴァも、細い眼を丸くして驚いた。聴いたことも無い。
「それで、こう……ずばーっ、ばしーっと、もう、ババババーッと、竜騎兵どもをご自慢の光る剣で細切れにしてくれやあしてね」
「光る剣!?」
無理もないが、いちいちフューヴァが驚いて声を上げた。
「魔法の剣……ってことか!?」
プランタンタンが、首をかしげた。
「たぶん……」
「そうなんですか、ストラさん!?」
「よくわかんない」
「え……」
意表をついた答えに、フューヴァが益々戸惑ったが、
「気にしねえでおくんなせえ」
そこで声をひそめ、プランタンタンはフューヴァを手で招くと、その耳に口を近づけた。
「いつか詳しくお話ししやすが……ストラの旦那は、ちょいとアタマをお打ちになったようで……自分が誰なのか、何しに来られたのか、どこへ行くのか、よく分からねえそうなんで。ですから、フューヴァさんも、うまく旦那をりよ……じゃねえ、旦那に活躍して頂いて、その……つまり……なんだ……うまくおやんなせえ」
「えええええ……!?」
その薄緑色の眼を細め、前歯を出して声を出さずに肩を揺らして笑うプランタンタンを見やって、流石のフューヴァも呆れて細い眼を見開いた。
(こいつら……そういうことなんだ……? え、じゃあ、こいつも……?)
また壁を向いて、性懲りもなくこっそり酒を飲んでいるペートリューを見た。プランタンタンがため息混じりに、
「……あの人は、酒が飲めりゃあ、なんでもいいんでやんす。旦那についていりゃあ、飲み放題なもんで……。ですが、飲みすぎると酔いつぶれて面倒なんで、飲みすぎねえように注意は必要でやんすが」
「はあ……」
 




