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第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-3-8 ダジオン山脈踏破

 ペートリューは眼の色を変え、人が背負うにはかなり大きな中樽を、どうにか背負おうとしはじめた。


 ピオラが笑って、

 「そいつ・・・を背負うのかよお!? じゃあ、これを使いなあ!」


 やはり背負子(しょいこ)をペートリューに投げた。竜革で造られた異様に頑丈なものだが、そもそも持ってゆこうとしている中樽は、ペートリューの力や体力でとうてい運べるような大きさではなかった。


 が、ペートリューがここでも潜在魔力を爆発させ、格闘魔法ならぬ筋力強化魔法に近い効果を自然に発揮。


 「ぐあああああああ!!」

 気合だか悲鳴だか分からぬ声と共に、米俵みたいな中樽を背負った。

 「え、ペートリューさん、それを背負って山道を歩くんでやんすか?」


 「飲んだら減って軽くなるよお!」

 「そういう問題じゃねえでやんす」


 プランタンタンが呆れながら、トライレン・トロール達が用意してくれた食料を鞄に詰めた。干し肉、塩漬け肉、燻製した肉……肉ばっかりだった。おそらく、全て各種のゲドルの肉だ。


 ピオラも、約10日分の食料を腰巻のような物入に満載する。

 「これ以上は、獲物を狩るんだあ」

 「10日で着かねえんで?」


 「わかんねえ。彼方の閃光は、微妙に動くからなあ」

 場所が変わるという、意味である。

 「へええ……厄介でやんすね」

 「厄介だあ」


 ストラを入れた箱を背負い、腰の物入に食料等を詰め、さらに巨大な五つ刃の投げ戦斧を右手に持ったピオラが、そう云いつつも楽しそうに口角を上げた。


 「じゃあ、行くぞお!」

 ピオラが、集落のはずれでそう云った。

 「気をつけろやあ!」


 「いねえあいだの狩りや里の護りは、まかせろお!」

 「うまくやれえ! 新しい大明神様に、しっかり貸し・・を作るんだぞお!」

 何人かのトライレン・トロール達が、3人を見送った。



 トライレン・トロールの集落より峻厳たるダジオン山脈を踏破して、「彼方の閃光」まで15日というところだったが、それはトライレン・トロールの足で行く換算であった。プランタンタンはともかく、ペートリューが一緒なので、恐らく倍はかかるだろう。


 「30日も、こんな山ん中を歩くんでやんすか」

 云いつつ、プランタンタンは大して苦にもならないというふうだった。

 集落を出てから、既に3日が経過している。


 日増しに気温が低下しているが、今のところ山を下りているので、ピオラとしてはむしろ暖かくなってきている感覚だった。


 「そうだなあ、あの人がいるからなあ」


 振り返ったピオラとプランタンタンの視線の先に、ペートリューがゲエゲエ云いながら酒樽を背負って細い尾根を歩いているのが見えた。あのまま足を滑らせたら、尾根から転がり落ちて御陀仏だろう。


 しかし、ペートリューはもっと急な斜面や、普通に歩くのも困難な岩場を、ピオラやプランタンタンに着いて踏破してきた。


 「それでもたいしたもんだあ、なんだかんだと、ああして歩いてるからなあ」


 「酒の力でやんす」

 ピオラが、苦笑する。

 「酒っつったってよお」


 「あの人は、特別なんで」

 「まあいいさあ、こうした道が続くだけで、別に敵が来るわけじゃ……」

 云って、ふと上を見たピオラが息を飲んでプランタンタンに手をかざした。


 「?」

 プランタンタンもふと空を仰ぎ、

 「なんでやんす?」

 「シイッ!」

 にわかにピオラが緊張したので、プランタンタンも声をひそめた。


 冬を前に葉を落とした広葉樹の梢の合間に、遠く上空を行く真っ黒な影があった。


 (鳥にしては、でけえでやんす……でも、ゲドルにしちゃあ、なんとも云えねえ不気味さで……)


 プランタンタン、敏感にその異変を感じ取った。

 「こっちだあ」

 身をかがめたピオラが、声をひそめて素早くプランタンタンをいざなった。


 「ペートリューさんが」

 プランタンタンも、囁き声になる。

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