第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-3-6 プランタンタンの懇願
「だけどよお、その魔王様は、不思議だぞお」
「なにがだよお」
「魔王様なのに、まったく魔力を感じねえ。魔王様なのに、魔法を使わねえようだあ」
「そんな、ばかなあ」
ピオラが笑うが、大真面目にプランタンタンが、
「いえ、本当なんでやんす。いえ、あっしはまったく魔法がどうのこうのは分からねえでやんすが……今は、はぐれておりやあすが、同じくストラの旦那……魔王様の名前でやんす……の手下の、すげえ魔法使いのルーテルの旦那っていう御方が、いつもそう云っておりやあした」
「へええ、本当に魔王なのに、魔法を使わねえってのかあ」
ピオラが、目を丸くした。
「でも、魔法も使わねえで、よく遠い土地の魔王を倒したなあ」
「それが、こちらの巫女様のおっしゃる通り、これがまた不思議で……魔力を使わねえ魔法を使うんでやんす」
「なんだよ、それえ!」
ピオラが、信じずに笑った。
「あっしも、分からねえでやんす」
「巫女様よお、そんなのってあるのかあ?」
「おれも、わかんねえ」
ヴォイイが小首をかしげてそう云い、
「だからよお、むかし勇者様を目覚めさせた方法は、通用しねえかもしれねえぞお」
「そっ」
プランタンタンが、薄緑の眼を丸くした。
「それは困るでやんす! ストラの旦那を、どうにかして起こさねえと……!! この国の魔王を、倒せねえでやんす!」
「この国の魔王お!?」
今度はピオラが真っ青な眼を丸くし、
「この土地に、魔王なんていたんだあ!?」
ピオラがヴォイイを見やり、ヴォイイはまた眼を伏せた。
「星隕の魔王様だあ」
「ほしおち? って、なんでやんす?」
プランタンタンが、尋ねた。
「よく分かんねえ。ただ、ずっと前の巫女様より、そう伝えられているんだあ。いまの藩王のずーっと前の国から、王の後ろにいて国を操ってるんだとよお」
「操って、どうするんでやんす?」
「分かんねえ」
「はあ……」
プランタンタンが、肩を落とす。
「でもよお、ニンゲンの国の話だろお?」
ピオラの素朴な問いに、ヴォイイ、
「魔王と魔王が戦うっちゅうんなら、話が別だあ」
「なんでだよお」
「藩王国は、メチャクチャになるぞお。このダジオンだって、どうなるか分かんねえ」
「ダジオンがあ?」
呆れたようにピオラが声を発し、半笑いで、
「この大きな山々が、どうなるってんだあ? 草原がどうなろうと、ここにいたら、安全だろお?」
「分かんねえ。けど……この冬の内に、いつでもゲーデルやアロワーヌに逃げられるようにしておけえ。長には、おれから云っておくからよお」
「ホントかよおお!?」
ピオラが驚愕に息を飲み、叫んだ。
「じゃあ、この魔王は、目覚めさせねえほうがいいんじゃねえのかあ?」
ピオラがいきなりそう云ったので、プランタンタンが驚いて、
「いやっ、だから、それは困るんでやんす!」
「あたしらは、困らねえよお!」
「いやっ、そうかもしれねえでやんしょうけど……」
「巫女様あ、そうするわあ。邪魔したなあ」
ピオラが立ち上がりかけ、プランタンタンが必死にその足にすがりついた。
「ま、待っておくんなせえ! 後生で、後生でやんす! どうか、後生で!」
「だめだあ、このダジオンをどうにかするんだったら、魔王だろうとその手下だろうと……ゆるさねえぞお……!」
その時の、プランタンタンを見下ろすピオラの冷たく殺気に光る眼と顔に、プランタンタンは全身の血の気が引いて腰が抜けそうになった。が、
「……こ……この通りでやんす……これ……この通り……どうか……後生でやんす……ストラの旦那は、この世界を救うっておっしゃった方がいたんでやんす……このままじゃあ、いまの世界ごと、滅ぶんだそうでやんす……そのために国が滅ぶのは、魔王同士の戦いなんで、仕方のねえことなんだそうでやんす……」




