第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-3-5 トライレン・トロールの巫女
「なんで、みんな寒くねえんでやんす?」
「なんでって、云われてもなあ」
当人たちも知らない。というより、考えたことも無い。
結論から云うと、トライレン・トロール達のしなやかで白絹のような肌触り、かつ物理的攻撃に対しては鋼鉄より頑丈な特有の装甲皮膚が、体温を内側に溜めこむので、極地に住む野生動物の分厚い皮下脂肪や毛皮と同じ効果を有しているのだった。
反面、熱の放出は苦手で、高地や高緯度地でも、夏は暑くて山を下りられない。のぼせてしまう。
「おお~い、ピオラよお、巫女様に、魔王を起こす手立てを聴くのかあ?」
「ああ~そうだよお」
などと、全体にのんびり? しているのも、プランタンタンは不思議だった。
「魔王と分かってて、ずいぶん他人事でやんす」
実際、その通りだった。浮世離れしているのだ。トライレン・トロールにとって、魔王同士の争いや、神聖帝国内の権力争いなど、何の関係も無い。
(あっしらエルフも、本当はそうなんでやんしょうけど……いつのころからか、人間や魔王と関わり合っちまって……滅んでるんだから、世話ねえでやんす)
プランタンタンは、フィーデ山のフィーデン洞窟エルフや、ヴィヒヴァルンのアデラドマ草原エルフ、ウルゲリアのバレゲル森林エルフ、そしてゲベロ島のゲベラー海洋エルフ達に思いを馳せた。
また、プランタンタンは知るよしもないが、逃げ出してきたグラルンシャーン酋長の牧場を含めたゲーデル牧場エルフのゲーデル山羊牧場も、フィーデ山の大噴火により壊滅していた。ゲーデル牧場エルフは生きる術を失って、この時点で大混乱の大困窮に陥っている。一部は山を棄て、一部は救いを求めて同族に近いゲーデル山岳エルフの集落に向かい、一部は牧場の復興を図っていたが未だ降りしきる厚い火山灰の為、至難を極めていた。
なお、グラルンシャーンは心労により、既に死んでいる。ショック死と云ってよかった。
2人は集落を横切り、少し山を登った。すると、道とも云えぬ道をしばらく進んだところに、丸木や木の枝を組み合わせた、小屋とも大きな動物の巣とも云えぬものがあった。
「ここだよお」
「こいつあ、いってえ、どっから入るんで?」
どう見ても入り口が無いので、プランタンタンが震えながら眉をひそめた。
それに気づいたピオラが、
「もしかして、寒いのかあい?」
「寒いでやんすね」
「そうだよなあ。あとで、着るものをなんとかするよお」
云いつつ、
「おーい、ヴォイイの巫女様よお、聞きたいことがあるよお!」
枝の山に向かって声を発した。
「入んなああ」
女性の声がして、枝の隙間が独りでに大きく開いたので、プランタンタンが驚いた。
「こいつあすげえ、魔法でやんすか? 木の枝が、ひん曲がってるでやんす」
その通り、枝が草のように柔らかく曲がっている。
ストラを小脇に抱えたピオラに続いてプランタンタンが中に入ると、木の枝の山の中は意外に広く、かつ明るかった。
しかし、寒さは外気温と同じほどで、プランタンタンは少しでも小さな焚火に当たろうと前に出た。
そのプランタンタンの真正面に、ピオラと同じように見える背格好、姿の女性が胡坐で座っている。他のトライレン・トロールと同じく、竜皮のビキニに近い下着のような姿で、異様に豊満だ。が、ピオラより、筋骨は細い。長い波を打った黒髪を左右に分け、何かの動物の骨より削り出した髪飾りを幾つもつけている。雪のような真っ白の肌に縦線を主流にした幾何学模様の刺青をし、その額には大きな目玉文様があって、四つ目のように見えた。
そして、見た目の雰囲気は人間のアラサーほどだが、既に398歳。集落では最年長に近い巫女だった。
「巫女様よお」
「その御方が、魔王様かあ?」
巫女は細めた眼で地面で直接燃やしている焚火を見つめ、澄んだ声で云った。
「そうだってよお」
プランタンタンの後ろに胡坐で座ったピオラが、そう答えて傍らに寝かせたストラを撫でた。
「遥か西の向こうで戦った別の魔王を倒したときになあ、強力な魔法で、眠らされたんだってよお。巫女様なら、魔法で眠らされた勇者を目覚めさせたことがあったろう?」
「100年も前のことだあ」
そう云いつつ、ヴォイイ……本名を便宜上、記すとグrヴォイイラnガrmラルnァiイネクラルrlrルッp……人間やエルフには、正確には発音できない……は、薄眼にしていた眼をしっかりと開け、プランタンタンとピオラを見据えた。その青い瞳は魔力を映してキラキラと光っており、まるで催眠のようにプランタンタンはクラクラした。




