第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-3-2 ピオラの家
1人の初老の女性……と、云っても、見た目の雰囲気が少し年季が入っているだけで、肉体的には若いトロールとほとんど変わらない豊満さの女性……が、前に出てプランタンタンにそう云った。トライレン・トロールは、人間やエルフとは異なる年の取り方をする。
「さいでやんす。……っちゅうか、ゲーデル山を御存知で?」
「御存知も何も、あたしはゲーデル山からヨメに来たのさあ!」
「へえええええ!?」
それには、プランタンタンも驚愕。薄緑に光る眼を丸くした。
「でっ、でも、ゲーデル山にトラン……トロールなんか、いねえでやんす」
「こっちだって、ゲーデル山にあんたみたいな、緑の眼と金の髪のエルフがいるなんてこれっぽっちも知らなかったよお。銀灰の眼と髪をして、もっと高いところで山を掘ってるエルフならいたけどさあ」
「そいつあ、親戚筋のゲーデル山エルフでやんす!」
プランタンタンが、そう叫んで手を打った。
「そうか、おたくさんは、あっしらとは山を挟んで裏っかわに住んでたんでやんすね!」
つまり、ゲーデル山の山頂部にゲーデル山岳エルフが、リーストーン子爵領側にゲーデル牧場エルフが、リーストーンと反対側の、ホルストン王国側にトライレン・トロールが住んでいたのだった。
「でも、ここからゲーデルはすごく遠いんでやんしょお? そんなところから、ヨメに来たっていうんですかい?」
そのプランタンタンの疑問ももっともだと、初老の女性がうなずきながら、
「まあ、あたしらは、ゲーデルと、ここダジオンと、もっともっと北のアロワーヌってところにずっと住んでて、冬になったら行き来してるのさあ」
「へえ? わざわざ冬に?」
「夏は、あたしらにゃ暑すぎて、山からおりられないのさあ!」
「あー……」
プランタンタンが、得心して無言となる。そりゃ、この寒さの中で半裸で平気なのだから、夏は逆に暑くてたまらないだろう。
「まあ、まずはうちで、腹ごしらえでもしてさあ、それから、村の巫女様のところに案内するよお。目の覚めねえ魔王をよお、目覚めさせるのにさあ」
ピオラがそう云って、自分の分の生々しい肉塊を片手に、左脇にまたストラとペートリューを抱えて歩き出す。プランタンタンがその後ろについて歩き、村を横断した。
(トロールだから、まさかあの肉を生で喰うんでやんしょうか? 別にあっしは平気でやんすが……)
プランタンタンがそう思って、それとなく村全体を盗み見た。やはり、一般的な人間やエルフの常識では、トロールというのは魔物……いや、怪物であり、それこそ人間やエルフを捕えて喰う。人の骨でも落ちていないか、鍋で人間の頭を煮ていないか、すっかり暗くなった夜の闇の中で、文字通り眼を光らせる。
しかし、全くそういう様子は無かった。
また、雪がしんしんと降ってくる。
トライレン・トロールたちは、ピオラを含めてやはり半裸で平気の平左だが、プランタンタンは震えあがった。
「ここが、あたいのウチだよお」
家といっても、岩の裂け目だった。
「さあ、入って入って」
大柄な体を傾けながら、ピオラが岩の隙間に消える。
(まさか、中でいきなり襲ってくるんじゃないでやんしょうね)
プランタンタンはそういぶかしがったが、雪がさらに降りしきってきた。こんなところで立っていてもどうしようもなく、逃げてもどうしようもない。
「ええい、ままでやんす!」
プランタンタンも、岩の裂け目に入る。
通路めいて斜めに裂け目が続き、行きつくと大きな空間に火がついていた。焚火だ。
その前にどっかと座ったピオラが、投げ斧とは異なる大きな刃物で肉塊を切り分け、木串に刺して灰に刺し、焚火で焼き初めていた。
「えっ? 肉を焼くんでやんすか?」
「えっ? エルフは焼かないの?」
「い、いや……」
てっきり生でかじっているのかと思いこんでいたプランタンタンが、意外なものを観て立ちすくんだ。
「こっち来て、座りなよお!」
「…………」
無言で、プランタンタンがその通りにする。
焚火が、暖かかった。
木のまな板のような皿で肉を切り分けたピオラが、焼いている肉にパラパラと何かを振りかけた。匂いで、岩塩と分かった。
グウ、と、プランタンタンの腹が鳴る。




