第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-3-1 翻訳機
「ちょいと! えー……なんでやんしたっけ、ピ……ピッ、ピーの旦那!! ちょいと、待っておくんなせえ!」
「どおしたあ?」
音に敏感なピオラ、プランタンタンの言葉は分からないが、その声の調子で振り返った。
そして倒れるペートリューを見やり、いったん竜を置いて、大股で戻る。
「ニンゲンは弱えなああ」
吹雪の合間に光る美しく深い泉色の眼を見開いて、ピオラがつぶやいた。
そして、余裕でペートリューもストラと一緒に脇に抱え、右手で竜を右肩に担ぎ直すと、鼻唄まじりに歩き始める。
それから3時間も歩いて、吹雪も止んだころ、谷間に集落が見えてきた。
トライレン・トロールの集落だ。
既に夕刻近く、初冬の高山は真っ暗に近かった。プランタンタンはエルフの生体能力で夜目が効くが、トライレン・トロールもそのようだった。ピオラが平気で岩場を超えて行く。
「おーい! 帰ったよう! それに、御客だよおおお!!」
ピオラの澄んだ声が谷間にこだまし、家々からトロール達が出てきた。
もっとも、家々と云っても地面の穴や岩肌の洞窟、竪穴式住居のようなもの、中には山のように木々や枝葉を重ねただけのものすらある。いわゆる建築物というのは、ひとつもない。云い方を変えれば、巣だった。
プランタンタンは不思議そうに、それらを見やった。
「おおー、大物じゃないかあ」
「しばらく、困らねえなあ」
この寒さの中、老若男女みな半裸で、雪のように白い肌をしている。真っ白だ。色白なのではなく、漆喰めいて白い。みなトロールらしい大型の亜人種で、幼子でもプランタンタンより大きい。髪は黒曜石めいた艶のある黒か、微細な光を放つ黒鉄色で、その眼はみな深い泉のような青や群青だった。その頭に、個人差があるが総じて5本ほどの短角がある。
「早速ばらして、わけようぜえ」
「みんな、こっちだあ!」
全員が何を云っているのか全く分からず、プランタンタンは困ったが、ペートリューが先ほどピオラと話していたのを思い出す。
(そういや、ペートリューさんはどうして? まさか、ペートリューさんが魔法を使ったわけでもねえでやんしょうし……)
と、今更ながら、ピオラが獲物と共に地面に下ろしていたペートリューの赤茶色の髪の合間に、ゲベロ人の翻訳機があるのに気がついた。
(アッッ!! ペートリューさん、いつの間に!! あんな、御宝様の頭飾りを!?!? そうか……ゲベロ島から失敬してきたんでやんす!! 自分だけ!! ずるいでやんす! ずるいでやんす!!)
そう思いつつも、先般、ペートリューが話をするとほぼ同時に頭の後ろからトライレン・トロールの言葉が聴こえてきたのも忘れていない。
「……」
プランタンタンは思うところがあり、ペートリューの頭から骨伝導イヤホンめいた翻訳機を外して、自分の頭につけてみた。
すると、どうだ……。
面白いようにトライレン・トロール達の話していることが分かった。
(な、なるのほどお!! こういうことでやんしたか! きっとこりゃあ、御宝様は御宝様でも、言葉の分かる魔法の道具でやんした! さっすがペートリューさん、どこでこんなものを……ふだん飲んだくれてるくせに、侮れねえ御人でやんす!!)
「おおっ? 御客ちゅうのは、エルフかあ?」
中年男性が、そんなプランタンタンを見下ろして大きな声を発した。
「あと、ニンゲンと魔王だあ!」
ピオラがそう云い、集まっていたトロール達が、一瞬、固まった。
「魔おおおおおう!?」
「どこの魔王だってんだあ!?」
「えー……と」
ピオラが頭を掻き、
「どこだっけ」
そう云った。すかさずプランタンタン、
「あっしは、ゲーデル山のプランタンタンっていうケチな牧場エルフでやんす。こちらは、ヴィヒヴァルンの魔王のストラの旦那でやんす。こっちはペートリューさん。一回も魔法を使ってるのを見たことのねえ、人間の魔法使いでやんす」
「あれっ、あんた、言葉を話せるのかあ!?」
ピオラが驚いて、プランタンタンを見下ろした。
「この魔法の道具で、皆さんの言葉も分かるでやんす」
「あんた、ゲーデル山のエルフだってえ?」




