第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-2-18 ラクショオーク
それには、荒野に立つ魔族も気がついた。
「ふうん……」
魔族が、ベールのように頭からすっぽりとかぶっているマントのような布を取った。ガフ=シュ=インの民族衣装の一つで、藩王国を構成するとある部族(顔立ちが、神聖帝国中央諸民族に近い人々)の女性がよく使うものだったが、その魔族はルートヴァンより背が高かったので、布もかなり大きかった。それを、そのまま身体に巻きつける。
魔族に性別は無いが、その魔族は人間類の女性に近い体つきをしているのが、遠目にルートヴァンにも分かった。ルートヴァンに向かう歩き方も、どこかふわふわして、踊り子のようだった。
(なんだ、あいつは……)
そう思いつつ、ルートヴァンは油断なく魔力を集中した。
なにせ、魔族は術式を通さずに魔力を直接、使う。
ルートヴァンもその奥儀を極めているが、生体能力としての魔族に、瞬時でも後れを取るのは必須だ。
美しいスカイブルーの地肌に、紫や臙脂の線模様や斑点が不規則に彩っている肌をし、その眼はクリームイエローに輝いている。服はそのかぶっていた薄布だけで、風に棚引いて身体も良く見えた。女性のような、細い男性のような、その中間のような体つきだ。
が、魔族なので、どのような攻撃をしてくるのか、予想もつかぬ。
5メートルほどまで近づいて、2人は歩みを止めた。
「藩王国が、魔族を飼っていたとは知らなかったぞ」
それは魔力を通して、念話に近い手法で話しかけたので、魔族にも理解できる。
また、ルートヴァン得意の誘導尋問でもあった。
「私は、藩王に云われてここに立ってるんじゃないんだよ、人間」
腰に手を当て、科を造る様に身体を斜めにして魔族が答える。男とも、女ともつかない声だった。その言葉も魔力を通しており、ルートヴァンに理解できた。そして、
(クッ、クク……これだから、魔族というのはばかなのだ。自ら、ガフ=シュ=インの魔王の手の者と答えてくれるとは……)
ルートヴァンが感情を読まれないよう、冷たい風を防ぐように目を細め、素早く魔族を観察した。
(しかも、王都を護っているとは……魔王は、王都にいるのか?)
ルートヴァン、寒いうえにここで時間を稼ぐ必要もないので、本題をつっこんだ。
「お前ひとりか?」
「そうだけど?」
「お前の主人は、では、藩王とは別に、王都にいるのか?」
「お前こそ、主人はどうした? ヴィヒヴァルンの新たな魔王とやらは、どこにいる? まさか、お前じゃないだろ」
ルートヴァン、一瞬、驚いた。いつの間に、そこまで情報が?
(あの、キレットらに近づいたチィコーザの騎士か!? いやっ……その可能性は薄い。さすがに、チィコーザからガフ=シュ=インまで情報がもたらされるには、早すぎる)
では、どういうことか。
(ガフ=シュ=インにいる未知の魔王……既に、我らを感知していたか。にしては、聖下の居場所は掴んでいないようだ)
ルートヴァンは、白木の杖を手槍のように構えた。
「答える必要は無いが……お前のことだ、分かるだろう。僕ごときが聖下なはずがないし、居場所などは、僕を倒してその頭脳を勝手に探索しろ」
魔族が、ニヤリと笑った。
「残念ながら、私は主人の居場所は知らん。本当だぞ。会ったことすらないのだ」
「下っ端など、そんなものだ。気にするな」
ルートヴァンが挑発したが、魔族は意に介していない。
「その下っ端にお前は負けて、脳みそをグチャグチャと掴み出されるのだ。かわいそうにな」
「名前くらい、聴いてやるよ、あるんだろう? 名前」
「ラクショオークだ! お前は!」
「異次元魔王が最側近、魔術師ルーテル……とでも、覚えておいてもらおう。すぐに、お前は死ぬけどな」
「威勢がいいのは、嫌いじゃないよ!」
5メートルなど、通常行動で準超高速行動に匹敵する速度を出せる上級魔族にとって、0.2 秒で到達できる。
人間の眼には、瞬間移動しているように映るほどだ。
片や人間の魔術師は、この速度には当然のごとくついてゆけないので、高速化の魔法をあらかじめ唱えておく必要がある。基本的な魔法戦だが、この手の戦闘補助魔法は大量の魔力を消費するうえに、効果時間が15分~30分ほどなので、あまり戦闘の前に行使しておくと戦闘中に効果が切れる場合があり、かけ具合が難しい。
ラクショオークも、その常識でルートヴァンに向かっていた。




