第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-2-17 魔法の絨毯
(その笑顔が、最高の御褒美だよ)
ルートヴァンはそう思いつつ、気合を入れ直すや、臨機応変に脳内で術式を組んで思考行使。
敷物が、膝ほどの高さで宙に浮いた。基礎的な浮遊魔術の応用だ。
「荷物を置いてみるか」
ルートヴァンとフューヴァが、重い荷物を持ち上げて敷物に置いたが、敷物は力強くそれを受け止め、沈むことも無く宙に浮いたままだった。
「すげえじゃんか」
「乗ってみようか」
「いいねえ」
2人が敷物に膝から乗っても、少しフワフワするだけで、完全に乗ることができた。
いわゆる、「空飛ぶ絨毯」である。
そういう魔法の道具はこの世界にも当然あるが、どちらかというとマンシューアル藩王国とその周辺文化の代物だった。神聖帝国では、絨毯というか敷物に直接座る文化が無いためだ。
「で? どうやって進むの?」
ルートヴァンの後ろに座ったフューヴァが、尋ねる。
「まさか、これもルーテルさんがその杖で地面を突くのかよ?」
「ちゃんと、考えてるよ」
念力の一種というか、浮いているものを任意の方向へ動かす魔法など、これも魔法学院初等科の子供達が習う魔術である。これらを現場で組み合わせるのが、象牙の塔の学院の教授たちにはなかなか思いつかないだけ(というか、そんな非学問的な実地の発想は、真の魔術師には相応しくないという思考回路を持っている)であり、やろうと思えばいくらでもできるのだ。
音も無く敷物が街道の上を進み、フューヴァが歓声を上げた。
速度は、時速40キロほどだった。
ルートヴァンは、防寒、姿隠し、警戒、浮遊、念力の5種類の魔術を同時行使し、難なく街道を進んだ。
それから5日ほどで、遠くに大きな街が見えてきた。
王都オーギ=ベルスである。
けっきょく、途中で転送はしなかった。
これが、藩王とその命を受けた捜索部隊を惑わせた。
完全に、行方がつかめなくなったからだ。
2回、捜索部隊と遭遇し、盗賊団とも1回遭遇した。
が、足跡も無く、姿も見えないので、3回とも街道から少し外れるだけでやり過ごすことができた。
「ちょろいもんだな」
フューヴァが、楽しそうに笑った。
丘の上に建つ王都の威容である大きな宮殿が地平線の向こうから姿を出し、この速度なら明日にも到着するという場所だった。ルートヴァンは念のため街道を外れ、王都の目立たない場所から入ろうとした。王都に城壁や柵などは無く、王宮の建つ小高い丘を中心に街が形成されていて、別にどこからでも入ることができる。
もっとも、主街道や細い支道から入る者がほとんどなので、道も何もない大平原からいきなり建物の路地を通るのは、訳アリですと大声で宣言しながら入るに等しい。
しかし、透明化でどうとでもなる。ルートヴァンは、まったく気にしていなかった。
が……。
いきなり、警告魔法がこれまでで最大の音量で鳴り響いたので、フューヴァが驚いてすくみ上がり、敷物から落ちそうになった。
「な、なんだ、なんだ!?」
フューヴァの前に座り、思念で敷物を「運転」していたルートヴァンが、敷物を止めた。
「ルーテルさん!」
「フューちゃん、ちょっと、離れて避難していてくれないか」
ハッと息を飲み、フューヴァも前方を見据える。いつの間にか、荒野の真っただ中にポツンと1人の人物が立っていた。
「い……いつの間に、どっから出てきやがったんだ、アイツ!?」
「ま、王都の番人ってとこだろうね。さすがに、すんなりと入らせてはくれないらしい。もっとも、これくらいじゃあないと、面白くもなんともないが……」
楽し気に云うと、白木の杖を持ってルートヴァンが敷物を降りた。そして、フューヴァを乗せたまま、敷物が後ろに下がって離れる。
「ルーテルさん! 死ぬんじゃねえぞ! ストラさんが、いないんだからな! 逃げたって、恥でも何でもねえ! それを忘れんなよ! つまらねえ矜持は、ドブに捨てろ!」
返事の代わりに、ルートヴァンが左手を上げた。
「最高の助言だよ、フューちゃん。その通りだ」
ルートヴァンが、しみじみとフューヴァに感謝をささげる。
「けど、あんなチンケな魔族に負けて逃げているようじゃ、僕は御爺様に殺される」
既に、父王太子より魔王級の魔力が供給開始されている。




