第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-2-15 ほんのちょっとの失敗も恐れてる
「マジで云ってんのかよ、おまえ」
「僕は大マヌケにも、そんなことに想いもよらず、痕跡を隠す技術がありながら、何も考えずに御調子よくぶっ飛ばしてきたというわけさ」
しかし、フューヴァは、いかにも楽しそうに乾いた笑いを発した。
「ルーテルさんらしいぜ! アハハハハ……!」
その笑顔と笑い声に、ルートヴァンが心から救われる。圧倒的かつ、絶対的に。
「そんなに、笑わないでくれよ!」
ルートヴァンも涙目で、何やら可笑しくなってくる。
「それに、僕らしいってどういうことなんだい?」
「ルーテルさんはさあ……」
フューヴァも、目元をぬぐった。
「出来すぎなんだよなあ。なんでもかんでも、さ。そして、どうせそれが当たり前で生きてきたんだろ? あの凄い先生や王様に期待されて、さあ。まるで、自信と矜持の塊だもの。そんなもんだから、万が一にも失敗したら先生や王様のメンツもつぶすし、ルーテルさんにざまあみくされってんで、ほくそ笑むヤカラだって出てくるんだろうぜ。それがさあ、ほんのちょっとの失敗も恐れてるんじゃねえの? ストラさんの前じゃあ、そんな失敗、失敗の内にも入らねえのによう。そうだろ?」
「う……」
ルートヴァンの両眼から、たちまち涙があふれかえった。
フューヴァはギョッとしたが、次の瞬間には、まるで母親にすがりつくように、フューヴァの膝を抱えるようにしてルートヴァンが突っ伏し、号泣していた。
フューヴァは、そんな大柄なルートヴァンの背中を、微笑みながら優しく撫でてやった。
泣き疲れ、いつの間にか眠っていたルートヴァンが異様に冷えこむ朝方に目を覚ますと、フューヴァがルートヴァンを抱えたまま、転寝していた。
ルートヴァンは入れ替わりに、フューヴァへ深い眠りの魔法をかけると、横たえる。
「有難う、フューちゃん。ふっきれたよ」
ルートヴァンが、ソバカスだらけに、厳しい旅で埃だらけのフューヴァの顔を、優しく撫でた。
テントを出ると、魔法の防寒が施されていても、身震いするような寒さが平原を覆っていた。
うっすらと夜が明け始め、東側から藍色の光が満天の星を消してゆく。
ルートヴァンが、その地の最果ての絶景を、眼を細めて見つめた。
と……。
暁闇の中、荒涼とした地平線の向こうに、人影が見え始める。
隊商か?
それにしては、移動速度が速い。
しかも、明らかにその数が多かった。
さらに、街道から外れて、荒野に展開して包囲するように迫ってくる。
盗賊団……いや、あの動きは、軍団としてのそれだった。
(洒落臭い……)
ニヤッと笑ったルートヴァンが、テントの隅に横にしていた白木の杖を、魔術で引き寄せる。
そして、右手に収まったそれを軍団へ向けつつ、恐るべき対軍勢用魔術を思考行使。
同時に、杖を水平に大きく振った。
とたん、大平原に大地震のような地割れが発生する。
ただし、音も無ければ、1ミリも揺れぬ。
ただ、大きな生き物が欠伸をするように、地面がゆっくりと弧を描いて大口を開けた。
「なあっ……!!」
「なんだあああ!!!?
先頭の兵士が驚いて毛長牛を止めたが、裂け目に向かって軍団側の地面が陥没し、急斜面になったので、止まるどころか毛長牛ごと転げ落ちる。
「うわあああああ!!」
「助けッッ……!!!!」
「助けてくれぇええええ!!」
「ああああああああ……!!!!」
クレバスは長さ数百メートル、幅は数十メートルに及び、数百人の軍団が数キロはある谷底に向かって全て落ちるのに、それほど時間はかからなかった。
なにせ、ただ地面が裂けたのではなく、獲物を飲みこむような動きで地面が動き、かつ軍勢に向けてクレバスが移動したものだからたまらない。
最後尾の兵士が異変に気づき、数十人が踵を返して今来た方向に向かって毛長牛を飛ばしたが、行く手が山のように盛り上がって進路を妨害しただけではなく、急な坂となって後ろ立ちになった毛長牛がそのまま横倒しに兵士を振り落とした。
その時には、クレバスが追いついており、1人残らず谷底まで転げ落ちたのだった。
そして、ルートヴァンが杖を逆に振り回すと、クレバスが閉じてただの地面に戻った。
もちろん、大規模魔術痕跡を隠すのも忘れない。
(こんなもの、聖下の露払いにもならんわ)




