第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-2-13 藩王の思惑
が、思わず席を立ちあがりかけた将軍に苦笑し、藩王、
「焦るな」
「御意……」
レザル=ドキ、申し訳なさげに席に着く。
「若しくは、神聖帝国ごとガフ=シュ=インも滅ぶ」
「…………」
あまりに藩王がこともなげに云い放ったので、一瞬、レザル=ドキが固まった。
「え? なんと?」
「既に、ウルゲリアは滅んだという」
「ウルゲリアが!?」
音を立て、今度は完全にレザル=ドキが席を立った。
「滅んだ、というのは!? あの……強大な信仰国家が、どうやって……!?」
「ヴィヒヴァルンの老王が奉じた新たなる魔王が、ウルルゲリアを侵略して魔王を打ち倒し……そのあまりに激しい戦いの余波で、ウルゲリアのほぼ全土が、人も立ち入れぬ死の土地になったそうだ」
「ゲエッ」
喉を鳴らし、レザル=ドキが仰天に眼を見開く。
「フィーデ山が噴火したことにより、火の魔王レミンハウエルが倒されたというのは認識していたが、まさかヴィヒヴァルンのジジイめ……そのまま新たなる魔王を奉じ、新たな神聖帝国の盟主にならんとしているとは、畏れ入った」
藩王がニヤニヤしながらそう云ってゲルチャをすすったので、思わずレザル=ドキ、
「畏れ入っている場合では御座りませぬぞ!!」
「分かっている。落ち着け。近衛将軍が慌てふためいて、どうする」
「申し訳も……」
ハッとして深く礼をし、レザル=ドキが席に着いた。
「ウルゲリアに魔王がいたのも、知らなかった。御聖女とかいう神は、実は生き神らしいというのは掴んでいたが……それが、魔王だったのかもしれぬ」
「ヴィヒヴァルンめは、その情報を掴んで、新たな魔王を向かわせたのでしょうか?」
「それしかあるまい。ヴィヒヴァルンとウルゲリアは、属国の緩衝地帯を挟んで隣同士だったゆえ、間諜や魔法で調べたのだろう」
「魔法で……」
「ヴィヒヴァルンは、帝国随一の魔導王国ぞ」
「御意」
「問題は……その新たなる魔王がいまどこにいて、次にどの魔王を倒しに行くか、よ」
「え……」
急激に、レザル=ドキの顔が青ざめる。他に誰も聴いているはずがないのに、声を潜めて、
「ま、まさか、次はこのガフ=シュ=インに……」
「かもしれぬ」
「なんと……!!」
思わず、レザル=ドキが口に手を当てた。
「そ、それで神の子が陛下を御呼びに……!!」
「そうだ。しかし、神の子をもってしても、新たな魔王の動向はよく分からぬそうだ」
「そうなのですか?」
「なぜ分からぬのかも、分からんらしい」
そんなことが……という表情で、レザル=ドキが息を飲んだ。
「だが、遥か東の海の果てで巨大な魔力が動いたのを把握し、かつ、そこからこの地に何者かが魔法で転送してきたことを神の子は掴んだ」
「なんと! では!」
「しかも、その者、気づかれているとも知らずに、ノコノコとオーギ=ベルスに向かって飛んできているらしい。バッタみたいにな」
「とっつかまえ、吐かせましょう!! ヴィヒヴァルンの間者! 新たなる魔王の一味に相違ありませぬ!!」
「それはもう、そう書いた」
「あ、ハ……」
「おまえは、いちいち頭に血が上りすぎる」
レザル=ドキ、いい歳をして、子供みたいに首をひっこめる。
藩王が、またゆっくりとゲルチャをすする。
(ウルゲリアめ……魔王を、神としていたとは……神が魔王だったのか、はたまた神の代理に魔王がとり憑いていたのか……)
藩王ドゲル=アラグの眼が異様な光をたたえ、それを幼馴染にも読まれまいと自然に目を細めた。
(なんにせよ、このガフ=シュ=インと同じだったとは……な。で、あれば、海の果てでおそらく未知の魔王を倒した件の新魔王、そのままこの地に来ているのは間違いない……どういう状況かを見極めるためにも、まずは、その取り巻きから攻めるか……)




