第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-2-12 サマタイ
「なんだ……!」
「御寛ぎのところ、申し訳も御座りませぬ。畏れながら申し上げます」
普通は、そこですぐに奏上が行われるが、初老で痩身の内府は黙りこんだ。
と、いうことは、内々の奏上であった。
「近う」
「畏れ入り奉ります」
内府が腰を折れんばかりに曲げ、這うように藩王に近づくと、顔を上げてその耳に口を近づけ、素早く囁いた。
「神の子が、御呼びに御座りまする」
屈強な藩王の顔が、驚きに色めいた。
「何年ぶりだ」
内府が、再び腰を低くし、
「少なくとも、私めが内府となってからは、初めてにて御座りまする」
「余も、初めてだ」
「ハハァ……」
「先々代の神の子以来か……!?」
「分かりませぬ」
「良い。下がれ。出立の準備をする」
無言かつ腰を折り曲げたまま、エビのように内府が下がった。
神の子の託宣は、藩王の方から託宣を求めて大神殿を訪れるのが常だった。
それが、神の子が藩王を呼びつけるというのは、異常事態と云ってよい。
(なにが起きている……?)
藩王ドゲル=アラウが、眼を細めた。
さて……。
150年ほど前までは、王宮と大神殿は遠く離れており、毛長牛で片道7日、かかったという。
しかし、当時の神の子が託宣を発し、星隕の大神殿は王宮の近くに建て直された。
近くと云っても、毛長牛で片道に丸1日かかる。
翌日の夕刻近く、大至急準備を整えた藩王は、行列を従え、王宮を出立した。
これは、いつでも大神殿に行けるよう、最低限の準備を常日頃から整えていたためである。いま、数十年ぶりにその準備が役に立った。
行列と云っても、華美なものではない。
むしろ、500人の近衛兵、武装兵に囲まれ、軍列に近かった。
この国の盗賊はほぼ正規兵の副業なので、誰も藩王など襲うはずも無いのだが、ごくたまに純粋な盗賊団と云うか、王と云えど容赦なく襲う凶賊無頼の輩もいる。
そんな連中を皆殺しにする、完全武装兵だ。
夜半も行列を進め、深夜は石炭を焚いて暖かくした大きな天幕で休み、一直線に専用の街道を向かった。
翌日の夕刻前、平原の岩山に建てられた大きな神殿群が忽然と現れ、王はそのまま大神殿に入った。
ここは神の子に仕える神官やその召使たち、警備の兵士の暮らす街であり、全体が星隕の大神殿と呼ばれている。
その中央にそびえる、王宮に匹敵するひときわ大きな石造りの建物が、メリカ宮だ。王宮以外で宮殿と呼ばれるのは、ここだけだった。
メリカ宮に入った藩王は少し休んだのち、さっそく身支度を整えて神の子と面会した。
2時間後……。
藩王は厳しくも決意に満ちた表情となって、神の子の部屋から出てきたのだった。
「戻るのももどかしい! 鳩を出せ!」
特別に品種改良され、調教された長距離高速連絡鳩が用意され、藩王が素早くフルトス紙に手紙をしたためた。
成年し後継者たる第1王子ガミン=ドゲル=ガウ=ガフシュ、王族であり藩王国政府宰相アイト=ズム=ガウ、そして全軍を統率する大元帥リザキ=ラチノあてである。
「畏れながら、神の子はなんと?」
一息ついた藩王に、これも王族であり、気心の知れた近衛将軍にして幼馴染のレザル=ドキ=ガウが尋ねた。
「ま、どこから話せばよいか……」
毛長牛の乳で紅茶に近い完発酵茶を煮出したゲルチャという飲み物を用意させ、2人で寛ぎながら藩王ドゲル=アラグ、
「元より、世界の3分の1を支配している神聖帝国は、もう統治の限界。いずれ、南北からこのガフ=シュ=インとマンシューアルの両藩王国に攻め滅ぼされると考えていたが……それが、早まりそうだ」
「なんと……では!」
近衛将軍が紅潮し、にわかに色めきだった。




