第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-2-11 転送魔法の術式痕跡
その際の高速移動は、魔力に包まれるので自然と保護され、寒くなかった。
そうして数十キロを移動し、なるべく他の隊商と離れた場所に、また小さな天幕を張る。
同じ食事をし、この夜は、キレット達と連絡が取れた。
その際のやりとりは、既に記してある。
「チィコーザの間者ねえ……」
ルートヴァンが、小さく眉をひそめてつぶやいた。
「なにか、気になることでもあるのかよ?」
「いやあ……考えてみれば、どこまでスーちゃんの魔王退治の話が広がっているのかな……って思ってさ。チィコーザ国王は、皇帝の兄だし……正直、ヴィヒヴァルンを敵視している」
「なんでだよ?」
「知らないよ。御爺様を警戒してるんだろうさ」
「ふうん……よく分かんねえけど、ま、あの王様じゃあ、いつ征服戦争を起こしてもおかしくねえ眼の鋭さがあったぜ。あと、側近の魔法使いの先生も」
「あの2人は、特別だよ!」
ルートヴァンが、そう云って笑った。
「なんにせよ、ヴィヒヴァルンがスーちゃん……異次元魔王を新たに奉じたことは、そろそろ皇帝や主要国の耳にも入ってるだろうし、ウルゲリアが滅亡したことも、伝わるんじゃないか。ウルゲリアから食料を輸入してた国は、この冬は持たないだろうね。何人飢え死にするか、見当もつかないよ」
「ストラさんのせいだってのか?」
「そう考える国もあるだろうさ。特に、チィコーザはね。皇帝はチィコーザ寄りだし、帝国の破壊者ととらえるかもしれない。いくらタケマ=ミヅカ様が御自身の後継者と見なしたとしても、ね。帝国の運営と、タケマ=ミヅカ様の御使命は、実は関係ないんだ。我々が勝手に、タケマ=ミヅカ様を護るという名目で周囲に集まっているだけだから。そうなると、帝国内で反ヴィヒヴァルン、反異次元魔王の狼煙が上がるかもしれない!」
「上がったからって、なんだってんだよ。ストラさんは負けねえし、アタシ達はストラさんに全てを賭けたんだろ? もう、降りようたって遅えぜ!」
「そうこなくっちゃ!」
ルートヴァンが、笑顔を見せる。
「ところでよ……」
フューヴァがまじめ腐った顔で、
「タケマズカさんって、そんなに偉えの?」
「あー……」
フューヴァ、プランタンタン、ペートリューの3人は、タケマ=ミヅカの正体が1000年前に当時の世界中の魔王を打倒したストラに匹敵する強さの謎の冒険者で、3つの漆黒のシンバルベリルと合魔魂を果たしたのち、大魔神、大暗黒神、大明神の3つの神名をもった神と成ってこの世界……この惑星が、天文学的な規模で宇宙を流れる魔力の奔流に呑まれるのを阻止していることを……当然、知らないのだった。
「まあね」
ルートヴァンがそれだけ云って、黙った。説明しても、理解できないだろう。
「水くせえな、まったく。正体を隠して、御忍びの旅をしてやがったんだな? どおりで、不思議な雰囲気を持ってると思ったぜ」
フューヴァは、勝手に納得してうなずいた。
「さ、もう休もう。あと3、4回も転送したら、もう王都さ。潜伏してこの国の魔王やスーちゃんの情報を探り、キレット達と合流しよう」
「そうだな」
また姿隠しと防寒の魔法でテントを包み、その静寂の夜も休んだ。
翌日、また、転送する。
街道を、昼間なので目立たないが、一直線に天を横切って流星が飛んだ。
ところで……。
ルートヴァン級になると、割と転送魔法も当たり前のように使うが、実はかなり高レベル・高難易度の、使う者が限られるレア魔法だった。
しかも、魔力消費が激しく、かつ術式による魔力使用痕跡も大きかった。
ルートヴァンはヴィヒヴァルンより魔王並の魔力供給があるので、こうして毎日手軽に使っていられるのだ。
転送魔法の術式痕跡は、例えるなら音速移動する戦闘機が衝撃波や飛行機雲を残すようなもので、聴き慣れている、見慣れている者には当たり前の現象だが、滅多にそんな事が起きない場所では、とうぜん、異常事態と受け止められる。
ガフ=シュ=インが、そうだった。
「陛下、陛下!」
宮廷長官である内府の転がるような声に、鷹狩りに使う鷹の面倒を見ていたガフ=シュ=イン藩王ドゲル=アラグ=ガウ=ガフシュが、軽く眉根を寄せた。




