第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-2-7 完全に無法地帯
食後、女将から情報収集を行った。王都に行く途中、盗賊に襲われてからどうにか逃げてきたが、まったく土地勘が分からない……という「設定」で。
「中央街道からは、かなり離れてますが、良くまあ、たどり着きましたねえ。ここは、プルゥ=ラン郡のル=サロという小さな都ですよ。領主様も、ここにお住まいに。オーギ=ベルスは、ここからも行けますよ。毛長牛に乗れば、中央街道まで5日、そこからオーギ=ベルスまで15日間といったところです」
まったく地図が分からなかったが、距離感はつかめた。
「では、街で装備を整え、明日の朝、王都に向けて出発いたします」
「そうですか、くれぐれも御気をつけて。護衛を雇うのをお勧めします」
「もちろんです、もう盗賊はこりごりですよ」
(雇った護衛に襲われても不思議じゃねえぜ、この土地はよ)
フューヴァはそう思ったが、口には出さなかった。しかし、それは本当だった。護衛は、身内で用意するのが鉄則だ。現地人の護衛など、わざわざ盗賊を雇うようなものだ。
かといって、領主の街道警備兵をアテにするのも間違っている。
盗賊のほとんどが、警備兵がアルバイト感覚でやっているからだ。
もしくは、凶悪な本格の盗賊団と裏でつながっており、隊商の情報を流す、盗賊の襲撃を見て見ぬふりをするなどし、盗賊団からマージンをもらう。
しかも、領主や王が、給料代わりの兵士の当然の権利としてそれを黙認していた。
それが、あたりまえの国だ。
が、女将はこの街から出たことがないので、旅の常識が良く分からない。
護衛を雇うように云ったのも、本当に心配してのことだった。
これが、もっと手練手管の宿だったら護衛兼盗賊と示し合わせ、旅人を紹介してマージンを得ている。
それも別に悪徳なのではなく、ここではごく普通の商売だった。
それからルートヴァンは女将に両替所や着替えのための衣料店、毛長牛の取引所などを教えてもらい、
「さて……」
さっそく朝市というか、バザールに出向いた。
通りにテントや建物がずらりと並び、同じ数の煙突からは、暖房や炊事の石炭を燃やす真っ黒い煙が濛々と立ち上っていた。老若男女がみな、砂除けのフード付きマントのようなものをかぶっている。また朝方は寒さも強く、よけい着こんでいた。
従って、2人は目立った。
やたらと寒いのも難儀したが、既に警備魔法というか、警戒の魔法を自分とフューヴァにかけていたルートヴァン、2人にだけ聴こえる警告音がひっきりなしに鳴り響くのに辟易し、
「どれだけ、スリやら詐欺師やら強盗やらがいるんだろうねえ!」
「ギュムンデよりひでえぜ。きっと、組織が無いからだろうぜ。こりゃ、完全に無法地帯ってやつだ」
(なるほど、組織がね……。裏組織でも組織、か……。秩序が無いんだ)
ルートヴァンが感心する。
ギュムンデには(全て、ストラが街ごと滅ぼしたが)「フィッシャルデア」「ギーランデル」「レーハー」と裏組織が3つあり、縄張りもあって、それぞれ牽制しあってそれなりの秩序を保っていた。
それが、まったく無いのだ。
「早くスーちゃんと合流して、この国にいるという4人めの魔王を倒してもらおうよ」
「ちがいねえぜ」
2人は逃げるように、バザールの隅の両替所に入った。
とたんに、けたたましく警告音が鳴る。
「ここもかよ!」
「なんですか?」
「いえ、なんでも……」
思わず心の声を口に出したフューヴァに、両替所のおやじが眉をひそめ、フューヴァが口ごもって誤魔化した。
「もう面倒だ。マジメにやってもらおう。強制的にね」
云うが、思考行使されたルートヴァンの催眠魔法が店のおやじにかかった。
「これを、ガフ=シュ=インの貨幣に両替しろ。正規レートでな。手数料は、この国で定められている通りにとれ」
「かしこまりました」
おやじが、手際よく両替をした。
手数料は、下手をすれば5倍も10倍もとられる場合がある。それも、悪徳という概念は無く、それこそがおやじの「腕の見せ所」という、商売の内なのである。
「そんな商売が、あってたまるかよ!」
催眠でルートヴァンの質問のままに答えたおやじの言葉に、フューヴァが悪態をついた。
「ところ変われば、ってやつさ」
「変わり過ぎだろ……」
「まあいいさ。これからぜんぶの店、これでいくから」
「そうしようぜ」




