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第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-2-6 茹でただけ

 テーブルにはナイフもフォークも無く……いや、ナイフにしては大きな、食器というより武器みたいな刃物と、木串のような二本の棒・・・・がある。


 「これで切って……この棒で刺すのかな?」

 ルートヴァンが、をとってそう云った。

 「なんでもいいや、食おうぜ」


 フューヴァも席に着いて、片箸の刺し箸でまず水餃子を指したが、当たり前だが皮が破けてスープが溢れるだけで、持ちあがらない。


 「どうやって食うの、これ」

 フューヴァが、あきれて同じことをつぶやいた。

 「フューちゃん、ここに匙があったよ。変わった形だけど」

 ルートヴァンが、卓に備え付けの小さな籐籠とうかごの中から、散蓮華レンゲを出した。


 妙にねじれた陶器のスプーンを見やってフューヴァも驚くが、受取って水餃子やスープをすくうと、思ったより使いやすくて感動した。


 「あ、うめえ。これ、うまいわ」

 水餃子に、フューヴァが感嘆した。


 「この肉は……なんの肉か知らないが、イマイチだね。固いし、変な臭いがするし、味がしないよ」


 ゴリゴリと毛長牛ゲルクの肉の塊をかじって、ルートヴァンが眉をひそめる。

 「ルーテルさんは、うまいものを食いすぎなんだよ」

 「そうはいっても、この旅では、みんなと同じものを食べてるじゃないか」


 「肉なんて、ギュムンデの貧困街じゃ贅沢品だったぜ」

 「じゃあ、フューちゃんも食べてみなよ」


 云われて、提燈の淡い光にギラギラと脂ぎって光る薄灰色の肉塊をナイフで切り、箸で刺して口にした。(ちなみにガフ=シュ=イン人は、ナイフで切って素手で食べるので、フォークが無い)


 ゴリゴリとスジ肉より固い肉を頬張っているうちに、味よりも乳臭さと土臭さと血腥ちなまぐささの入り混じった独特の臭いに、フューヴァは吐きそうになった。


 「なんだ、これ。どうやったら、こんな、マズイ肉になるの?」

 「だろう?」

 ルートヴァンが笑う。


 「でも、食わねえとこれからの旅に耐えられねえんじゃねえ? きっと、この国じゃこんな肉がひたすら出てくると思うぜ」


 フューヴァが核心を云い当て、ルートヴァンも驚きに顔をしかめつつ、

 「今のうちに、慣れておけっていうことか」

 「そういうこと」


 云いつつ、フューヴァが花巻に肉を挟んで食べてみた。

 「あれっ、うめえぜ!」

 驚いて目を丸くする。


 「む、蒸しパンかい? これ……」

 「切れ目を入れて、挟んでみなよ」

 云われるままに、ルートヴァンが試す。


 「本当だ、変な臭いが、かなり薄まるね!」

 「だろ?」


 そうなると、臭いに負けて全く感じなかった味も出てくる。しかも、肉汁が花巻にしみて、うまい。


 「なるほどねえ、こうやって食べるんだね」

 「ところ変われば、ってやつさ」

 「そうだね」

 2人で、久しぶりに朗らかに食事を終え、その日はゆっくりと休んだ。

 


 翌朝、ほとんど同じメニューが出たのには苦笑したが、なんとか食べた。

 が、大量の肉は食べきれなかった。

 「昼に食べますから、御遠慮なく」


 女将が、そう云う。

 (昼も、この茹でただけ・・・・・の肉の山を食べるのかよ)

 さすがに、食べる前から胸やけがした。


 どちらかというとフランベルツ人もヴィヒヴァルン人も肉が主食の文化だが、ガフ=シュ=インはレベルが違う。


 「そういえば、食いもんに菜っぱや根ものがねえぜ、ルーテルさん」


 フューヴァがそれに気づいて、ルートヴァンもうなずいた。肉しかない。いや、肉と、多少の小麦粉の加工品(餃子の皮、花巻、頼めば麺や揚げパンもある)しかないのだ。


 それについて女将に尋ねようとも思ったが、余計なことは聞かないでおいた。

 「季節がら……いや、そもそも野菜が高価なのかもしれないよ」

 「確かに……畑なんか、なかったもんな。一面の荒れ地でよ」


 「早く王都に行くとしよう」

 「そうだな、そうしようぜ」

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