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第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-2-4 ぴりぴりした空気

 ルートヴァンが懐から財布を出すと、いきなり男が松明の光にギラリと輝くナイフを突きつけ、ルートヴァンがひるんだ隙にその財布を奪うや、脱兎のごとく走り出した。


 とたんに、ばったりと倒れ伏す。

 ルートヴァンが、気絶の魔法を思考行使したのだ。

 「やれやれ……いかにも、辺境だねえ。蛮地というに、相応しいよ」

 男の手から財布を取り戻したルートヴァンが、つぶやいた。


 「下町なんて、どこもこんなもん・・・・・だろ」

 「確かに。さ、行こうか」

 ルートヴァンがそう云って歩きかけたが、フューヴァ、


 「待てよ、ルーテルさん。こんな調子じゃ、この宿街の連中も、半分盗賊みてえなもんだろうぜ。少なくてもこの街か、このガフ=シュ=インて国が、そういうもん・・・・・・なんじゃねえの? 何か対策は?」


 ルートヴァンが感心して、思わず口笛を吹いた。そういう発想は、ルートヴァンには絶対に出てこない。歓楽都市にして、フランベルツの魔窟ギュムンデで生まれ育った、フューヴァならではだ。


 「なるほどねえ、夜中に宿の者に襲われるか、宿が盗賊を手引きして小銭を稼ぐか……そんなところ・・・・・・というわけか。やれやれ、スゴイ土地だねえ。噂には聞いていたけど……」


 云いつつ、ルートヴァンが白木の杖を掲げてチョイチョイと小刻みに動かした。


 「対策は、と云われても、残念ながら対処方法しか無いのが現実さ。魔術は、万能じゃない・・・・・・からね。とはいえ、危険度を予測するくらいはできるよ……」


 やはり、人の「悪い感情」「悪意」というのは、いくら表面を覆い繕うとも隠しようがなく、たとえ無意識の悪にせよ、被害者の呪いや怨念に通じ、魔力に影響を与える。それ・・に凝り固まった魔力というのは、我々の概念で云う「瘴気しょうき」に近いものとなる。


 その瘴気しょうきの濃度や量を測り、多い宿は避けたほうが賢明だ、というほどのものだが……単純ながら、これが意外に効果がある。


 「宿は12件ある……凄いガラの悪い宿もあるね。金持ち専用というか……高級宿の癖に、まるで盗賊宿だよ。お……ウソみたいに、澄んだ場所がある。悪意があまり・・・無い。小さいけど、行ってみようか」


 「まかせるぜ」

 ルートヴァンが先に歩き、フューヴァがそれに続く。

 「…………!」


 フューヴァは、久しぶりにこんなぴりぴり・・・・した空気を味わった。そこらじゅうの路地や物陰の暗闇から、刺すような視線が無数の毒矢のように飛んでくる。


 (おいおい……ルーテルさんじゃねえけど、スゲエところだな……ここ・・はよ。少なくとも、ここらの都だろ? 下町とはいえ、ガラが悪すぎだろ……)


 感覚が、急激に研ぎ澄まされてゆく。懐かしい感覚が。ストラと出会う前の、殺伐とした感覚が。


 (いくら凄腕の魔術師とはいえ、ルーテルさんは大国の坊ちゃんも坊ちゃん、跡取り息子の王子様だぜ。アタシが、露払いをしなくちゃ、どこで足元をすくわれるか……ストラさんと再会するまで、2人で生き残るんだ)


 それに、この数の視線と気配だ。先ほどの案内賊を気絶させたのも、いま杖で術を使ったのも見られていると考えてよい。ルートヴァンが商人に偽装した魔法使い、あるいは商人兼魔法使いというのも、バレているだろう。


 それが吉と凶のどちらに出るかまでは、流石に分からない。

 「さあ、ここだよ」


 宿街の隅の路地裏に面した、本当に小さな宿だった。4……いや、5部屋ほどか。


 「すまん、部屋はあるかね?」

 誰もいなかったので、備え付けの鈴を鳴らした。

 「はいはい……いらっしゃい」


 典型的なガフ=シュ=イン人の小太りの女将が奥より現れ、ランプの光に2人を見やるや、細い眼を精一杯に大きくして驚いた。


 「チィコーザの方が、ウチみたいなところに来るとは珍しい! 言葉は分かるの?」


 「分かりますよ」

 「隊商の、他の方々は?」


 「いや、それが……盗賊に襲われまして……運よくこの2人だけ助かり、命からがらこの街まで。あ、いや、御心配には及びません、隠し持っていた些少の金はありますので」


 女将はさらに驚いて、


 「そりゃまあ……難儀でしたねえ。しかし、いま部屋は1つしか空いてなくて……狭いですが、なんとか2人は泊まれます。相部屋になりますが……」


 ルートヴァンが、チラッとフューヴァを見た。

 「いまさらだぜ、かまわねえよ」


 旅装の男装、髪も短くそろえているフューヴァを男だと思ってた女将は少なからず驚いたが、商人と同行する愛人・妾、遊女など、訳アリなどこの街にはいくらでもおり、深くはつっこまぬ。

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