第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-2-3 プルゥ=ラン
社交ダンスでも踊る様にルートヴァンがフューヴァの肩を抱き、20キロほどの距離を一瞬で転送した。
「わりと、しっかりした街じゃねえか」
町はずれの小道から市街地方面の明かりを見て、フューヴァがつぶやいた。こんな荒野のど真ん中にあるので、もっと寂れているというか、規模の小さな集落を想像していた。
「この地方の、都なんじゃないかねえ」
ルートヴァンも、物珍しそうに松明や釣り下げ燈篭に照らされる街並みを見やった。田舎の村では、通りにこんな照明設備は無いだろう。
その通りには、もう既にほとんど人はいなかったが、通りがかりのガフ=シュ=イン人の中年男性がビックリして2人を凝視していた。
「言葉は通じるのかよ? ルーテルさん」
「言語魔術をかけ直そう。なあに……あんな、言語とも思えないゲベラーエルフの言葉も通じたんだ。同じ人間のガフ=シュ=イン人の言葉も、大丈夫だよ」
実際には、ガフ=シュ=イン人といっても数十の部族や人種と言葉、文化があり、藩王国内でも言葉が通じないのは当たり前なのだが、そこは、魔法の力だ。互いの脳を、調整するのである。
「宿でも探すか。少しおちついたら、キレットやプランちゃんたちと連絡をとろう」
「そうだな」
「商人のふりをするからね」
「遭難した商人の間違いだろ。なんにも持ってねえぜ」
「確かに……」
「カネはあるのかよ!? アタシは、ストラさんの魔法の倉庫に置きっぱだぜ」
「僕は、スーちゃんにもらったのやヴィヒヴァルンから持ってきたのが少しあるよ。少しっても、2人なら数か月は余裕で暮らせるさ」
「なら、いいけどよ」
「それより、盗賊に襲われたって設定はいいね。使えるよ」
「そうかい?」
暗がりに、フューヴァが満更でもない笑顔を浮かべた。
そのまま繁華街に入ると、まだ宵の口ということで、厚着をしたガフ=シュ=イン人たちが大勢いた。そのうちの何人かが2人を見て、驚いて近づいた。
「おい、大丈夫か!? 盗賊に襲われたのか!?」
ちゃんと言葉が通じ、2人が眼を合わせて小さくうなずいた。
「え、ええ、なんとか命拾いを……」
ルートヴァンが、何とも困った顔を作ってそう答えた。
「運がよかったなあ!」
「チィコーザの商人だな?」
「はい。あ、あの……まだ、隠し持っていた金があります。宿は、どこかありませんか」
「宿か……」
「どこか、いい宿を知ってるやつはいないか!?」
「宿街ならあっちだ、案内してやるよ!」
と、目鼻立ちがのっぺりしているガフ=シュ=イン人というより、異人種の、顔立ちはむしろルートヴァンやフューヴァに近い、黒髪に色黒の壮年の男性が手を上げた。
「ありがとうございます」
2人が、男について歩く。
みな、ルートヴァンがチィコーザの商人と信じている。
独特の文様を持つヴィヒヴァルンの魔術師ローブも、柄の良い高級商人の羽織とでも思っているのだろう。
「あんた、言葉がうまいな! 何度もプルゥ=ランに来てるのか?」
プルゥ=ラン? 男の後ろを歩きながら、ルートヴァンが眉をひそめた。この街の名前か?
「まあ、何回か」
「通訳か?」
「そういうわけでは」
「ホントに運がよかったよ。殺されなくて」
「本当です」
それからややしばし歩いて、数件のホテルが並んでいる通りについた。
「ありがとうございます、助かりました」
「50トンプでいいよ」
ものすごく自然に、男がそう云った。
「カネをとるのかよ!」
と、フューヴァが云いかけたが、思い出せばギュムンデでもそんなもんだったので、黙ってルートヴァンにまかせた。
(しかも、高くねえか!?)
とも思ったが、相場が分からなかったのでそれも黙っていた。
「もちろんです、喜んで」




