第2章「はきだめ」 2-2 代理人
「なにをバカな……」
「そちらさんの話は、本当だ」
皆が声のほうを向くと、受付所の奥から、上役と思しき中年男性が、驚きと苦々しさと期待が入り混じった複雑な表情で現れた。
「そ、そんな……」
受付も同じような表情でストラと上役を交互に見やり、
「今日の試合はどうするんです!?」
「大事な日にウロチョロするほうが悪いんだ!! あいつはもう、再起不能だよ。首が折れてる。かろうじて、生きてはいるが、な」
「げえっ……!」
驚愕する受付をどかし、上役が前に出た。受付台越しにストラを見やり、
「よかったら、代理人なんか立てなくても、ガンダの代わりに、ウチに入りませんか」
ちょっと待つでやんす、とプランタンタンが云う前に、フューヴァが三人の前に出た。
「待ちな! アタシが先にストラさんを見初めたんだ!」
「売女は黙ってろ! こっちにしゃしゃり出てくるんじゃねえ! レーハーに戻って、場末でせいぜい股ァ開いてろや!」
「なんだとぉ……!!」
フューヴァが歯ぎしりして殺気を漲らせたが、男のほうが何枚も上だ。無言の殺意に、すごすごと下がる。脅しではない。今まで、何人も殺している眼だ。
「……どうですか? 試合料は、弾みますよ」
「おたくの組織に入るのと、代理人を立てるのとでは、どちらが儲かるんで?」
プランタンタンの言葉を、男は無視した。なんにせよ、組織に入ると云ってもストラだけだ。取り巻きは、お呼びじゃない。
それに気づかぬプランタンタン、男が答えないので、
「旦那、どうしやす?」
ストラが無言で、フューヴァを指さした。
「えっ」
思わず、フューヴァが声を発した。
「きまりでやんす。じゃ、こちらを代理人に」
男の顔が、恐ろしいほどにゆがんだ。
「どうなっても知りませんよ……ウチに入らないのなら、ガンダをつぶされた損害とメンツを、たっぷりと返してもらうことになりますが……」
その迫力にフューヴァとペートリューが震え上がったが、よくわからないプランタンタンと、何も考えてないストラはすましたものだった。
「残念ながら、1トンプもお返しできねえと思うでやんす。それくらい、ストラの旦那は冗談もお世辞も抜きで、お強えんで」
「ほ、ほーぅ……それは、楽しみですよ」
男が片眉を上げ、上を向きつつ、眼だけでストラ達を見下ろす。
「いつから出ます? さっそく、今夜から出ますか? ガンダの穴が空いてますので、格闘部門でもいいですし、武器魔法なんでもありの総合でもいいですよ。ガンダをつぶしたとあっちゃあ、いきなりメインを張ったっていい。なんせ、凄い魔法戦士さんなんでしょう? 素晴らしい死合になりそうだ……」
「どうしやす? 旦那」
フューヴァとペートリューが背筋に冷たい汗を流す隣で、どこまでもプランタンタンの声は緊張感が無かった。
「とりあえず、出場してみます」
それは、ストラも同じだ。運動会の一般参加にでも行くような雰囲気だ。少なくとも、とりあえず、とかで出るようなものではない。
「フューヴァ、登録をしておけ。ロンデル」
「……あ、は、はい!」
受付が、怯えながら答える。
「控室を教えてさしあげろ」
「え……は、はい。……ええ、どこの……」
「とりあえず、メインだろうと新人なんだから、大部屋だろ」
そこで、受付もニヤッと笑う。
「分かりました」
上役が行ってしまい……不敵な笑みで、受付が選手登録の準備を始めた。
「こちらです」
登録がおわり、さっそく試合に出るというので、フィッシャーデアーデの若い職員が、四人を控室へ案内した。
分厚い木板の扉を開けたとたん、むさ苦しさにペートリューが思わず口元を押さえた。
ランタンや蝋燭が幾つも掲げられた暗い部屋の中には、選手と思われる筋骨隆々の男たち……様々な武器をそろえた者、甲冑姿の者……軽装に巨大な戦斧を持った蛮族のような者……まさに、古代の剣闘士の控室のような……そんな連中が二十人は、いた。異なるのは、彼らは奴隷ではなく、自由意思でここにいる。強いて云えば、借金にしろ賞金目当てにしろ、金銭の奴隷というべきか。
 




