第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-1-16 いざ、オーギ=ベルスへ
「やあ、船酔いはもう大丈夫ですか?」
「おかげさまで、すっかり良くなりました」
キレットが笑顔で、シーキにうなずいて見せた。
「近くの店で朝食を摂って……今日は、長旅の準備を。明日の早朝、いよいよ王都オーギ=ベルスに向かって出発です。まずは、このア=ヴズ公領ホリ=デンの都ホリ=デン=ガスを目指しますが……全行程の目標は、御三方が初めてのガフ=シュ=インの旅だということを考慮して、55日に設定しました」
「御任せします」
「では、そのように」
それからは、シーキも通商代理人・通訳業に徹し、全てをテキパキと手配して、非常に助かった。大変に優秀なガイドだ。長旅用の毛長牛を4頭用意し、冬の砂漠や荒野、草原を超える独特の装備を買いこんだ。
ちなみに、毛長牛は見た目がチベットのヤクや北米大陸のバッファローに似ているので便宜上そういう当て字をしているが、我々で云うラクダに近い生き物だった。
その日は何事も無く夜を過ごし、翌日、いよいよ4人の長い旅が始まった。
ホリ=デン=ガスまでは、毛長牛で街道と荒野を3日というところで、まずは何事も無く3日後に到着した。
また道中で出会うガフ=シュ=イン人たちに、うまく小銭を渡してものを聴いたり、少し色をつけてものを買ったりは、シーキが非常にうまくやった。さすが、王都との往復を何度も経験しているだけはあった。
「こちらへの妙な探りが無ければ、最高の人物なんですがね」
シーキが現地人と話している隙に、最低限のことを素早く打ち合わせる。
「それは、もう、いまさら仕方ないでしょう」
「確かに……」
「それより、無事に魔王様がゲベロ島で勝利を収めていたならば、そろそろ殿下から何かしらの連絡が来る頃合いですが」
キレットの言葉に、つい、ホーランコルが薄くどこまでも青い空を見上げた。
「やはり、魔法のカラスか何かで?」
「殿下の場合、妨害魔法を考慮して、猛禽類や小さい竜だと思います」
「しかし、なんにせよ、大声で喚かれては……」
「分かっています。魔力を通じ、私とネルベェーンにだけ聴こえる通話を行います。内容は、後でホーランコルさんにも」
「いえ、私はけっこうです。アイツに気取られたくない。どうも、まだ、私だけを怪しんでいる様子です」
「分かりました」
「殿下が私宛に何かしら発していたら、どうにかして教えてください」
「はい」
ホリ=デン=ガスは、人口1800ほどの地方都市で、辺境にしては大きな街だった。遊牧民も多く住むガフ=シュ=インにあって、しっかりした石造りや木造の建物が並ぶ街並みは、ガフ=シュ=インの中では立派な都会だった。ア=ヴス自体が、ガフ=シュ=インでもガントックやチィコーザ(ナツク)の影響を多く受けている先進地域なのだ。
「ま、我々にとってここは、単なる中継地点です。特に用事も無いですし、明日には出発しましょう。まずは、ゆっくり3日間の疲れを癒してください」
午後の早い時間に街に入り、諸々の手続きを終えたシーキが、宿も手配してそう云った。
「では、そうさせてもらいます」
3人が、それぞれ部屋に入る。
あまり大きな宿ではなく、狭い部屋が並んでいて、シーキの部屋も、キレットのすぐ隣だった。キレットの逆隣がネルベェーン、その隣がホーランコルだ。
部屋に入ってひと段落してから、一行はホーランコルの部屋に入り、軽い打ち合わせを行った。ドアの前にホーランコルが立ち、盗み聞きを警戒する。
「ネルベェーンさんの部屋に、あいつが探りに入りませんか?」
この世界のこの時代では、部屋の鍵は内側からならかけられるが、外からはよほど高級な建物でなくば鍵は無い。
「既に、小さな警戒の魔獣を配置しています。トカゲほどのヤツです」
「流石です」
ホーランコルがニヤリと笑い、いつも無口無表情のネルベェーンもニヤッと笑い返した。
「ホーランコルさん、実は、殿下から連絡が来ています」
キレットが、素早く本題に入った。
「なんですって、いつの間に……?」
「今朝早く、小竜が頭上を飛んでいました。ここいらでそういった小型の竜がどれほど珍しいのか、それとも一般的なのか分からず、魔力で連絡を送り、待機させております。いま、既に呼んであります。窓を」
ネルベェーンが木窓を開けると、屋根に待機していた、猫ほどの大きさの青黒い竜がするりと入ってきた。




