第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-1-15 探り合い
「何度もガフ=シュ=インの王都を往復して……それ程の土地、護衛だけでは、身を護りきれないでしょう」
「いや、そりゃ、最低限の……短剣くらいは、振り回せますよ。見様見真似ですが」
「御存知とは思いますが……」
ホーランコルが、勇者級の練達の冒険者の眼となって、シーキを見据えた。
「熟練の剣の使い手は、物腰にそれ滲み出ます。それを完璧に隠せおおせるのは、生半可なことではありません。いくらその訓練をしても、ふとした時に、無意識にも身体に出てしまいます」
「そ、それが、私に、滲み出ていると?」
「はい」
シーキが、吹き出して笑った。
「いやあ、その……ま、確かに……確かにですね、ガフ=シュ=インの蛮人どもにハッタリを効かせるのに、凄腕のフリをして過ごしてきましたので、そう見えたのかもしれません」
「ほう……」
2杯目のワインを傾けながらホーランコル、
「私が、ハッタリを掴まされた……と」
「迫真でしょう? 命がかかってますからね」
シーキ、あくまで笑顔を崩さぬ。
「なるほど……」
ホーランコル、まずはそこで引いた。それ以上は追及しない。あまりしつこいと、当たり前だが逆に疑われる。
しかし、シーキが逆襲。
「でも、ホーランコルさん」
「なんでしょう」
「もし、私が本当に剣の使い手だったら……何かまずいことでも?」
「いえいえ」
今度はホーランコルが笑顔を作り、
「私の出番が無くなったら、困るなあ、と」
「確かに!」
シーキも笑って、また乾杯し、その後は互いのこれまでの仕事の話などをし、ガフ=シュ=インの乳酒も飲んで、楽しく過ごした。
そして良い頃合で引き上げ、部屋に戻った。
もちろん、互いに相手をこれまで以上に警戒し、いつか排除しなくては……という気持ちを固めて。
(あの、ホーランコル……ただの護衛ではないな……。下手をすると、勇者かそれに匹敵する冒険者だったのかもしらん……。いくら世界中を買い付けに回っているとはいえ、そんなヤツを護衛にする商人とは? もしや、あの南部人も商人ではない可能性があるな……。もし、そうだとして……商人を偽ってまでガフ=シュ=インに潜入する理由は? ただ一つ。オレと一緒だ。間諜なのだ。どこの? ヴィヒヴァルンか? ホルストンか? まさか、マンシューアルか? もしヴィヒヴァルンとすると……ヴィヒヴァルンが奉じた、新たなる魔王の手下ということになるが……)
シーキが、部屋で殺人者の眼をし、じっとりとそう考えを巡らせる。
ホーランコルも、ベッドに横になったまま、しばらく寝つけなかった。
(少し、先走ったかな……。キレットさんの指示も仰がずに、勝手な探りを入れてしまったが……。もっとも魔王様にかかっては、あんなやつなど、瞬きする間も無く倒してしまうだろう! が……いちいち魔王様にそのようなことをさせては、オレが殿下に殺されてしまう!)
そこで、ホーランコルはストラに心酔しきっているルートヴァンの顔を思い出し、思わず笑ってしまった。
(あそこまで、誰かに仕えきることができる者は、そうはいない。まして、あのような御立場の方が。魔王様は、それほどの御方なのだ。まさに、人知人能を超えた、超絶的な御方だ。オレも魔王様の御為に、どこまで仕えきれるか……だ)
そこで、音も無く起き上がり、鞄からフルトス紙と羽ペンを出した。そして素早く先ほどの顛末をメモ書きすると、それを2枚用意する。
靴と靴下を脱いで素足になり、慎重に廊下に出た。盗賊のスキルはそれほど高くないが、若いころから下働きや裏仕事もこなしてきたホーランコル、まずまずの技術を持っているのだった。
全員の部屋は、全て把握している。幸い、シーキの部屋は離れていた。気配を消して廊下を進み、メモをキレットとネルベェーンの部屋のドア下に滑りこませた。
翌朝、キレットとネルベェーンが猛烈な船酔いから復活した。
既に、ホーランコルのメモは確認している。
3人がホールに現れ、あらかじめ打ち合わせておいた簡単なサインで、素早く意思を疎通した。
案の定、シーキが狙っていたかのように現れる。




