第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-1-14 ゲルク肉の塩茹で
「お陰で、私たちは安く食べ放題ですが」
そう云ってシーキが人懐っこく笑い、ホーランコルも、
「確かに」
と云って笑い返した。
「では、ここでは名残の魚料理を? ここも肉だけですか?」
「ここは、チィコーザの料理人がいます。新鮮な魚介を扱っておりますよ。ですが、練習のためにガフ=シュ=インの料理も!」
「分かりました、お願いします」
シーキがチィコーザ語でなにやら注文し、先に酒が来た。
ガントックの上質なワインだった。
陶器のゴブレットで乾杯し、傾けつつ、
「そう云えば、ガフ=シュ=イン人は、酒は飲むんですか?」
「飲みますよ。しかし、毛長牛の乳から造った乳酒です」
「そんなものが、あるんですか」
「これがまた、クセの強い蒸留酒でね、私は苦手です。しかも、水が貴重なので、そのまま飲るんですよ」
「本当ですか」
「ま、こんな小さなカップで、チビチビですけど、ね」
「へええ……」
「もし良かったら、それも、予行練習で」
「あるんですか」
「もちろん」
「いいですね」
それから、干した魚を上質の野菜スープで煮戻したもの、大きな甲殻類や貝を含む魚介の蒸し物が来て、そしてガフ=シュ=インの肉料理も来た。
それが、骨付き肉を塊で塩茹でにした「だけ」のものが豪快に大皿に山盛りにされた「だけ」で、ホーランコルが眼を白黒させる。
それを見やってシーキが笑い、
「こんなのを、大勢がナイフと素手で貪り食うんですよ!」
「三食、これですか?」
「そうなんですよ。これが毎食、1週間も続きましたらね、見ただけで具合が悪くなり、喉を通らなくなりますよ。私も最初のころは、吐きながら食ってました」
「臭いもすげえな」
ホーランコルが、嗅ぎなれない独特の肉の臭いに顔をしかめた。乳臭さと草臭さ、血腥さが交じったような臭いだ。
「味は、どうなんです?」
「試してみてくださいよ」
シーキがニヤニヤしながらそう云い、それを察して、苦笑しながらホーランコルがナイフで肉を切り、手でつまんで口にした。
ゴリッ、という筋張った歯ごたえがし、若干の塩味と、独特の臭いだけが口中と鼻腔に広がった。
ホーランコルは眉をひそめ、
「……味が……あんまり、しませんが……」
「それでも、マシなほうですよ。ここの水で茹でてますからね。もっとも、茹でた水はぜんぶ捨てますが! 内陸に行くと、水が悪いので、苦味すらしますよ」
「…………」
さすがのホーランコルも絶句し、ややしばし、口に肉を含んだままシーキを凝視した。
そのホーランコルの表情が可笑しくて、シーキが吹き出して笑った。
それにつられて、ホーランコルも笑いだした。
「いやはや、大変な旅になりそうです」
再び乾杯し、ホーランコルがそう云った。
「そのための私です。最大限の御助力を御約束します」
「御願いします!」
「大金をもらってますから! 御任せを!」
そこでまた乾杯し、ゴブレットのワインを飲み干してから、唐突にホーランコルが仕掛けた。
「街道沿いでは、魔物やら盗賊やらもすごいと聞きました。私は、剣には自信があります。あの2人の護衛を引き受ける以前には、ウルゲリアで魔物退治を専門に行っていたことも!」
「それは、頼もしい!」
「シーキさんも、相当に剣を御使いに?」
「……」
さしものシーキが、ほんの一瞬、言葉に詰まった。まさか、ホーランコルから探りを入れてくるとは思っていなかった。
「いえいえ、とんでもありません。どうして、そう御思いに?」




