第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-1-13 探り合いの夕餉
(ま……魔王の動向探索とは、恐れいるぜ……!!)
シーキが、武者震いした。
ガフ=シュ=インから戻って、通常ならしばらく休むところを、2日後にはそれとなく情報を探しに街に出た。そのさらに2日後、代理人や通訳の紹介所で、キレット達を見かけたのである。
別に、キレット達がストラの手下と見破ったわけではない。
勘だ。
全ては、ベテラン諜報員の勘だった。
帝都の商人がこんなところにいるだけでも目立つのに、ガフ=シュ=インに行きたいという。
そして、ウルゲリア人の護衛。
(王都まで行かずとも、途中で尻尾を掴んでやるぞ)
シーキの間諜魂に火がついた。
定期船は順調に走り、その日の夕刻にはガフ=シュ=インに到着した。
北の空は、既に、深い藍色だった。
船酔いで苦しんだキレットとネルベェーンは関所を通り上陸してもフラフラしており、シーキの手配で近くの宿に入って早々に休んだ。
また、ホーランコルが時間を持て余し、夕食はどうしようか悩んで宿のロビーをウロウロしていると、シーキが声をかけてきた。
「ホーランコルさん、ここはもう、帝都語は通じませんよ。いかがです、ごいっしょに」
「いいですね」
「ガフ=シュ=イン人は、ひたすら肉を食うんですよ。毛長牛の味は、少し変わってますけどね」
「クセがあると?」
「そういうことです」
「望むところです」
「行きましょう!」
ホーランコル、酒に酔わせて何かを聞き出そうという魂胆だな、と看破し、逆にこちらから正体を暴いてやろうと意気込んだ。
もっとも、暴いたところでストラもルートヴァンもおらず、どうにもならないが。
(しかし、勢力によっては、命をいただく可能性もある……通訳など、どうとでもなる)
ルートヴァンより賜った魔法の剣の他に、ホーランコルは短剣やナイフの使い手でもある。やろうと思えば、暗殺もお手の物だ。
それは、シーキも同じだった。
シーキは、キレットとネルベェーンが魔獣使いであるとまだ分かっていない。
当面の障害は、ホーランコルであると認識している。
この、かなりやり手の剣士さえ手懐けるか、弱みを握るか、排除するかさえすれば、商人2人など、いくらでも情報を引き出せると判断していた。拷問してもいいし、新しい剣士を雇うとなっても、正体はチィコーザ宮廷騎士のシーキ……ズィムニン卿だ。実は剣の手練れといって、自分を雇わせればいい。通訳、通商交渉代理、それに護衛ともなれば、ガフ=シュ=イン内ではシーキに全面的に依存するしかなくなる。
そのためには、まずはホーランコルから攻める。
シーキの案内で、2人は港町の酒屋に入った。
「外国人は魚も野菜も食べますが、ガフ=シュ=イン人は、本当にほとんど肉しか食わないんです。肉以外では、乳製品だけですよ。口にするのは」
隅のカウンターに席をあてがわれ、シーキがそう云って苦笑する。
「えっ、野菜を食わないんですか?」
「食わないんです」
「嫌いとかじゃなく?」
「嫌いもなにも、食い物として認識してません」
「じゃあ、まったく、完全に食わないんだ」
「ええ、特に、葉物を。草を食うのは毛長牛だけ、って云ってね。野菜を食ってると、ゲルク、ゲルクとばかにされるんです。ま、我々は外国人なんで、半分冗談ですが……ガフ=シュ=イン人同士は、本気でそう云い合ってますよ」
「へええ」
ホーランコル、素で目を丸くする。
「じゃ、そもそも、生活の中に野菜が無い、ということでしょうか?」
「ありません」
さしものホーランコルも、食う前から胸やけがして、王都までの道のりが思いやられた。ウルゲリアは、もちろん肉や魚も食うが、肥沃な大地から穫れる豊富な野菜も大量に食う。
「魚もね、大きな川や湖の近くの住民でも、食べる習慣が無いんです。中には、食べる人もいますがね……私らのような外国人に影響された、よほどの変人という扱いです」
「面白いですね! とても興味深い」
「ええ。面白いでしょう! この街でも新鮮な魚が獲れますが、ガフ=シュ=イン人は、魚やエビ、カニなんか見向きもしませんよ。気味が悪いと云って。あ、貝もね」
「なるほど」




