第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-1-12 ズィムニン卿
「ホーランコルさんは、船は平気なのですか?」
「ええ、まあ、長いので」
ウルゲリア語で聞かれ、うっかり流暢なウルゲリア語で答えて、ホーランコルがギョッとして息を飲んだ。
シーキだった。
「帝都でお仕事をなさっているのに、船の経験が長いんですか?」
それも、ウルゲリア語だった。
ホーランコルは平静を装って、
「帝都には、この2年ほど。ですので、まだ帝都語が書けません」
「ああ、身分証明書もウルゲリア語でしたね。いえ、それで、私もいま、ウルゲリア語のほうが良いかなと思いまして」
「なるほど」
「では、ウルゲリアで船に?」
「ええ、西部の沿岸部で、しばらく航路の魔物退治を」
「それで、汐焼けもしてますし、船の上で物腰も堂々としていらっしゃる。まるで、船乗りだ」
シーキが、そう云って笑う。
「そうでうすね、2年くらいではなかなか抜けません。いま、久しぶりに汐風を吸いまして、なにやら懐かしく」
ホーランコルもそう笑いながら、自らの顔を撫でつけた。
「ははは、すぐガフ=シュ=インに着きますよ。名残を惜しんでください。汐風の」
「そうですね、ありがとう」
シーキが甲板を行ってしまい、ホーランコルが潮風に目を細めるふりをして厳しい視線をその背中に送った。その途中、シーキは何人かの船員に話しかけられ、軽い会話を交わした。
(なんだ、あいつ……! あいつのほうから、探りを入れて来やがったぞ……!)
ホーランコル、絶対にただの通訳ではないと看破。
(どこの何者だ……!? しかし、我らがイジゲン魔王様の手の者とは、流石に思っていないだろう……)
で、あれば、どうして3人に近づき、何を探っているのか、理由が分からなかった。
(キレットさんに相談したいが、あの状態だ)
ここは、様子見するしかないだろう。ホーランコル、早々に部屋に引きこもり、ガフ=シュ=インに着くまで一歩も部屋から出なかった。
(まさか、あいつ、キレットさんが船酔いで倒れ、オレがすぐ相談できないのを分かって接触してきたのか……? であれば、相当な手練れだぞ。剣も使うだろうし……さては、どこかの間者だな?)
ホーランコルも、一発でそこまで見抜いた。
(どこの間者かは知らないが……そうなると、殿下の御判断を仰ぐ必要があるな……。ストラ様がゲベロ島の魔王を御倒しになられ、殿下から連絡が来る際も、ヤツに気取られないようにしなくては。ま……連絡は魔法の鳥で来るんだろうから、それは、やっぱりキレットさんに相談だな)
シーキは、本名をズィムニン卿という。
第9章において、大魔獣ランヴァールでゲベロ島を目指して大海原を進んでいたとき、ルートヴァンとプランタンタンが遭難船より助け出したチィコーザ王国の特務騎士と同じく、第6騎士団「穴熊隊」のメンバーだ。
主な仕事は、チィコーザの仮想敵国の1つであるガフ=シュ=インに潜入して、その動向を探ることである。通商代理業、通訳業を駆使して王都にまでコネを築き、さまざまな内情や国情、国勢を報告していた。
そこへ、ナツクに来た通達と同じものが、個別にシーキにも来た。
しかも、第6騎士団を経由して来た通達には、ナツク候にももたらされていない重大な情報が書かれていた。
すなわち、ウルゲリア方面から、ヴィヒヴァルンが奉じた新しい魔王かその関係者がナツクに来る可能性が示唆されていたのだ。
(ヴィヒヴァルンが奉じた、新しい魔王……!?)
にわかに信じがたい情報に、流石のシーキも眉をひそめた。
(たしか、ヴィヒヴァルンの魔王は……フィーデ山の火の魔王、レム……ナントカだったと思ったが)
シーキは勇者ではなく、魔王退治に縁が無いので覚えていなかった。
しかし、ガフ=シュ=インほどではないが、チィコーザにとってヴィヒヴァルンも仮想敵国の1つだ。もっとも、皇帝の座を狙い、帝国の政策の影響力を争うライバルというニュアンスが近く、外国扱いの藩王国よりは警戒が薄い。
それでも、新しい魔王を奉じたという情報は、重みが違った。
(新しいというからには、レムナントカを倒し、新たに魔王となったのか。しかも、それをあのヴィヒヴァルン老王が認めた……と。そして、魔王かその関係者が、ウルゲリアからナツクに来るだと!?!? 何のためにだ!?)
それを、調べろという指令である。




