第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-1-11 シーキ
「そういうのは、キレットさんに任せます。私は、あの通訳を警戒します」
ホーランコルの言葉に、キレットも、
「やはり、臭いますか」
「臭いますね。勘ですけど。また、だからといってどこの誰かも想像がつきませんし、ま、通訳や通商代理人としては使えそうなのは間違いありません」
「わかりました。帝都語はおろか、ウルゲルア語やヴィヒヴァルン語まで解すようなので、あの者の前では、殿下や魔王様に関するいっさいの会話を禁止ということに」
「わかりました」
「わかった。そうしよう」
キレットの言葉に、ホーランコルとネルベェーンがうなずく。
そこで3人は解散し、2人が慎重に廊下へ出ると、キレットは部屋に入り、ホーランコルはせっかくなので宿を出てスワバの港町を散策した。同じ港町でも、ウルゲリアのフィロガリやネリベルとは随分雰囲気が異なっている。
まず、建物の装飾や屋根の形が異なる。海と河口に面し、港もそれぞれ2か所あった。海のほうは、フィロガリより大きい。関所もあるので、商人や代理人がごった返していた。
そして、見たこともない人種の人間が往来しているのに、目を見張った。
髪や眉が黒く、眼も焦げ茶か鳶色。肌は北の人種らしく白みが強く、目鼻立ちがチィコーザ人、ガントック人、ウルゲリア人とも異なっていた。眼は二重と一重の者が交じっていたが、総じて寒さに備えて細い。鼻も低く、耳も小さい。背格好は、あまり変わらない。来ている服は毛皮で飾られ、見たことも無い鳥の羽の帽子をかぶっている者もいた。
(あ、あれが、ガフ=シュ=イン人か……!)
失礼にならぬよう、視線を隠しながら観察し、立ち話をしている2人の側をそれとなく通った。が、独特の破裂音を伴う言語は、まったく意味不明だった。
(シーキとかいうやつ、よくあんな言葉を覚えたな……!)
それには、感心する。そのまま港を見物して、帝都語が通じる店に入って軽く飲み、夕食を食べて宿に戻った。
戻った時にシーキの部屋を遠目に覗いたが、木窓から明かりは漏れておらず、もう休んでいるようだった。
翌朝、4人がロビーに集合した。朝早くから屋台が出ており、みなパンに肉を挟んだものや、野菜のスープを食べている。
「では、参りましょう。今日は風も強くないようですし、あまり揺れないと思います」
シーキがそう云い、3人をジャコロンの関所に案内した。
関所の入り口の衛兵が既に、シーキを見て、声をかけてきた。
「シーキさん、先日戻ってきたばかりなのに、もう行くんですか?」
「千客万来だよ。しかも、今回は王都まで行く。しばらく帰ってこないからな」
「オーギ=ベルスまで!?」
「久しぶりじゃないですか?」
「2年ぶりかな?」
「御気をつけて!」
「無事の生還を御祈りしております!」
「ありがとう!」
それらの会話はチィコーザ語だったので、キレット達には何を云っているのか分からなかったが、雰囲気や衛兵の笑顔から、シーキがかなりの常連で、かつ信用もあることが伺い知れた。
関所の審査場でも、それは変わらなかった。
「今度は、帝都の御客を案内するのか?」
先に3人の身分証明書を確認した審査官が、フードを取ったキレットとネルベェーンを見やって目を丸くする。
「南部系の方は、初めてです」
大陸南部系ではなく、南部人(しかも、かなり奥地の)そのものなのだが、なにせ2人は帝都語がうまく、神聖帝国でのキャリアもあり、まったく疑われない。
また、ガフ=シュ=インからの入国は審査が厳しいが、ガフ=シュ=インへの出国は割とどうでもよく、審査というより世間話のようにして、アッという間にジャコロンの関所を抜けた。
港へ行くと、定期船はラペオン号ほどの大きさで、ホーランコルにとっては手慣れた大きさと構造だった。
朝に出航し、午後の中頃(14半~15時半ころ)にはガフ=シュ=インのア=ヴズ公領ホリ=デンの港町、テ=メロに着くという。
「出航ーーーッ!」
錨が上がり、帆が風を受けて、帆船がゆっくりと港から外洋に出た。
そのまま進路を東に取り、山が連なる巨大な半島を横目に進む。
(この半島を回るだけと聞いていたし……わりと近いんだな)
波に揺られて1時間も経ったころ、甲板で北の荒海を眺めながら、ホーランコルがそう思った。
ちなみに、キレットとネルベェーンは外洋に出てから30分もしないうちに船酔いでダウン。個室でベッドに横たわったまま、動けないでいた。




