第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-1-10 穴熊の騎士
「オーギ=ベルスに無事到着で、もう20枚。その後は、状況次第で、御帰り頂くかもしれませんし、引き続き雇うかもしれません」
「けっこうです。契約書を頼む!」
シーキがそう云い、役人が何度もうなずいた。
翌日……。
4人は、幅8メートルほどの川を下る船に乗った。
クラッカルから、港町スワバに向かう。
そこに、ガフ=シュ=イン側の関所であるジャコロン関があり、そこを抜けて、海路でガフ=シュ=インの東の玄関口、ア=ヴズ公領のホリ=デンに行く。
「スワバまで半日、明日の朝に海船に乗り換えて、海路でも半日で着きますよ。すぐ、そこなんです。山脈の端の、岩場だらけの半島を超えるだけなので」
「なるほど」
シーキの説明に、3人がうなずいた。
その川舟を、カササギが追いかける。
トレヴイ関の魔術師が放った、監視用の魔法のカササギだ。
ふと、シーキが、川下のほうを向いている3人には分からないように、そのカササギに向けて手で簡単なサインを作って合図をした。
すると、カササギがふいと方向を変え、一直線に去って行った。
後日、そのカササギを回収した魔術師の報告を受けたトレヴイ関所長のマジナグル、
「なに! 本国の……!?」
「そのようです」
「ううむ……」
所長が唸り、やはり通してはまずかったかと渋い顔になったが、もう後の祭だし、あの状況で逮捕するのは無理があった。皇帝府の身分証を疑うのは、こんな関所の所長クラスでは、冤罪だった時に責任が取れない。
「まあいい。では、穴熊の騎士様にまかせよう」
「はい」
魔術師が、神妙な顔でうなずいた。
穴熊の騎士とは、チィコーザ王国中央騎士団第六部隊、通称『穴熊隊』のことであり、いわゆる特務のスパイ騎士団である。
底の浅く平らな川船はゆるやかに進み、4人と他の客は晩秋の川下りを楽しんだが、風はどんどん冷たくなった。やがて夕刻を迎えるころには海が見え、行き来する船も増えた。一行の乗った連絡船は、河口に作られた港街にしてナツクの海の玄関口、スワバに入った。護岸に造られた石積みの船着き場で船を降り、4人はシーキの案内で宿に入った。
「さあ、明日の便で、いよいよガフ=シュ=インに入りましょう」
宿の狭いロビーにて、シーキが落ちきはらった低い声で3人に説明した。
「関所の書類や交渉は、代理人の私におまかせください。もちろん、ガフ=シュ=インの関所もです。ガフ=シュ=インの、ア=ヴズ公領ホリ=デンに入ります。なに、ナツクからガフ=シュ=インに出るのは、比較的楽ですよ。逆は大変ですけど」
「そのホリ=デン……というところから、ガフ=シュ=インの王都まで、何日くらいですか」
「ひと月から、ふた月はかかるかと」
「えっ、そんなにかかるんですか……!?」
キレットが驚く。ホーランコルとネルベェーンも、声には出さないが小さく息を飲んだ。
「これでも、街道が整備されたのです。大昔は、砂漠や山脈、高原を超えて、海側から王都まで、下手をすれば1年以上かかったそうですよ。道なき道ですからね。しかも、命懸けの。もちろん、盗賊や怪物、魔物もウジャウジャ」
南部大陸でも、そこまでの旅はなかなか無い。キレットは唸った。
「そのような状況では、むしろ、本当に1か月から2か月で着くのですか?」
「毛長牛という動物にも乗れますし、いまは、街道筋に各州の警備兵もいます。もっとも……かなり、賄が必要ですが……。そこは、皆様方でしたら、お分かりかと」
「なるほど」
「では、明日の朝、夜明け少し間に、ここで集合を」
「わかりました」
シーキが自室に行ってしまってから、3人が目を合わせ、そのままシーキの部屋から最も離れているネルベェーンの部屋に入った。少し狭かったが、キレットがベッドに座り、ネルベェーンが窓際、ホーランコルが廊下を警戒しつつドアの前に立つ。
この時点で、ちょうどストラが魔王ロンボーンと戦闘を始める前夜というところである。
「なんにせよ、そろそろ殿下との連絡も考えなくては」
キレットがそう云い、ネルベェーンがボソボソと低い声で、
「こちらから先に送るか? それとも、殿下から来るのを待つか?」
「ゲベロ島に、連絡を送ったところでしょうがない。ストラ様が無事にゲベロ島の魔王を討伐し、皆様方がガフ=シュ=インに入ってこちらに連絡を送ってくるのを待とう」
キレットの言葉に、ホーランコルもうなずいた。




