第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-1-9 通訳兼通商代理人
また、南部人及び南部系の人間は滅多に見ないので人目を引いたが、帝都の身分証明書の効力は絶大だった。
中程度の宿が開いていたので3部屋とり、宿の主人に通訳を雇いたいと相談すると、
「ああ、いっぱいいますよ。ガフ=シュ=インと取引をするのに、必須ですからね。向こうから代理人も来ますし、こちらからも代理人がよく行きます。たいていの通訳は、代理人を兼ねておりますよ」
「代理人?」
「商人同士は、あまり行き来しないので、代理人を通して売り買いするのですよ」
「なるほど……」
となると、商人が直接ガフ=シュ=インに入りたいというのは、珍しいということになり、怪しまれることに直結する。
(ま、そこは、帝都の商人ということで、現地の慣習には疎いと云い張るしかない)
キレットはそう判断し、3人で代理人や通訳の集まる交易紹介所に向かった。
帝都の身分証明書を出し、何も知らないふりをして金などの買い付けに直接ガフ=シュ=インに行きたいと正直に云うと、流石に受付の役人が驚いたが、
「いやはや……帝都の方は、流石の度胸と商魂ですなあ。しかし、本当に……? 危険ですよ。それも、かなり」
「ええ、聞き及んでおります。護衛も雇っておりますし……」
そう云ってキレットが、視線でホーランコルを示した。
「魔法の剣を所持する、凄腕です。帝都からこちら、何度も危機を救ってくれました。魔物退治の熟達者です。1人で、20人以上の盗賊を追い払ったことも」
もちろんでまかせだが、勇者級の冒険者であるホーランコルにそれほどの実力があるのは本当である。受付役人がホーランコルとその腰の剣を見やって、小さくうなずいた。
「なるほど、では……」
「不躾ながら、その話、どうか私めを御雇下さい」
流暢な帝都語でそう横から割って入ったのは、ホーランコルよりやや背の低い、がっしりとした40がらみの中年男性だった。
「シーキさん、戻っておりましたか」
受付の役人が、頼もしそうな声でそう話しかけた。
「ちょうどいい、この人なら大推薦です」
役人の紹介を受け、シーキと呼ばれた男、
「始めまして、御話の途中、横から申し訳ありません。通商代理業、通訳業のシーキといいます。ここで11年、その仕事を。これまでにガフ=シュ=インに38回行き、ア=ヴズ公領にも伝手が多数ございます」
ア=ヴズ公領は、ナツクと隣り合っているガフ=シュ=インの辺境である。国境沿いはガントックより山脈が続いており、山越えの道もあるにはあるが、ほとんどの者は海路で行き来する。
「中でも、王都オーギ=ベルスにこれまで7度も行っております。これは、ここに登録している代理人では、ダントツの一位です。言語は、チィコーザ語、ガントック語、ガフ=シュ=イン語、帝都語、ウルゲリア語にヴィヒヴァルン語も少々」
「なんと……」
いきなりうってつけの人物が現れたので、3人が驚いた。
だが、タイミングが良すぎはしまいか。
「失礼ですが、どうしていきなり? 横で話を聞いていたのですか?」
ホーランコルがキレットの前に出て、シーキに対峙した。
「はい、すみません、その通りです。たまたま、横で話を立ち聞きしてしまいました。しかし、あまりに私めにうってつけの依頼であると直感し、つい、他の者を紹介される前に、と」
「なあに、シーキさんなら、私が保証します。シーキさんが戻って来ていると知っていたのなら、もちろん真っ先に推薦していたところです」
役人も笑顔でそう云うが、流石ホーランコル、
(この男……物腰が、商人のそれじゃない。こいつは、相当に剣を使うヤツだ)
一発で看破する。
だが、ガフ=シュ=インを渡り歩くには、商人とはいえ冒険者並の腕っぷしが無いと務まらないだろうというのも理解できた。
「ま、判断はキレットさんだ」
ホーランコルが下がった。
「雇いましょう。王都まで、案内を御願いします。前金で、ウルゲリア金貨15枚。ナツクでは、いくらになりますか?」
キレットが金貨を出し、流石に帝都の商人は気風がいいと役人とシーキが感嘆した。
「ウルゲリア金貨だと、最近の相場じゃ18,000トンプを超えますよ」
「前金には充分すぎます! ありがとうございます!」
そう云って、シーキが破顔した。




