第2章「はきだめ」 2-1 フューヴァ
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「え? 試合に出られねえんでやんすか?」
フィッシャーデアーデの建物は、ギュムンデ市内でも有数の巨大建築物だった。と、云っても我々の概念でいう、田舎のコンサートホールほどの大きさだが。最大収容二千人の円形闘技場で、石造り。天井を木組みの梁で支え、木板に瓦を葺いている。ただ、屋内で大量の篝火を使うため、壁の上部と天井部の間に数十センチの隙間があって換気している。
既にルール無用の闇闘技場では前座の試合が行われていて、三々五々集まった観客が血しぶきに熱狂し、賭けを楽しんでいた。
その裏手の関係者受付所で、強面の担当者から、三人はそう告げられたのだった。
「いまはよう、飛び入り参加は認められてねえんだ」
ペートリューの情報が、古かったのである。
「なんででやんす? ルール無用なんじゃあ?」
「バカヤロウ、ルール無用は、闘技場の中だけだ」
「なんで、飛び入りはダメなんで?」
強面ながら、担当者は親切だった。いや、おしゃべり好きというべきか。
「一時期、飛び入りだらけになって収拾がつかなくなったのと、飛び入り同士でイカサマが流行って賭けにならなくなったのと、やっぱり組織にカネが落ちねえのがなあ」
「じゃあ、どうやったら出られるんで? 組織に入るんでやんすか?」
「入るのもいいけど、お前らみてえな流れもんは、すぐには入れねえ。手っ取り早くやりたきゃあ、どっかの組織のもんを代理人に立てるんだな」
「代理人?」
三人が見合う。何か云われる前に、ペートリューが首を振って水筒からワインをゴブゴブと飲んだ。
「知り合いなんか、いねえでやんす」
「じゃあ、諦めろ」
プランタンタンが顔をしかめたその時、後ろから、
「アタシが代理人になってやるよ」
太々しいアルトの声がして、振り返ると、ストラよりちょっと背の低いほどの細身の女が片手を腰に当てて立っていた。男装に近いパンツルックで、大小の短剣を二本、吊るしている。砂漠色に近い薄い金髪を短くそろえ、面長でタレ気味の目が細く、雀斑が事務所のランタンの明かりに浮かんだ。
「ど……どちらさんで?」
と、プランタンタンが問うのと同時に、笑い交じりの受付の男の声が響いた。
「フューヴァじゃねえか! おまえ、どういう風の吹き回しだ!?」
「なんだっていいだろうが!」
女……フューヴァが、眉をひそめて奥歯をかむ。
「確かにおまえは『レーハー』の下っ端だけどよ……ははあ、その貧相な身体に、ついに客がつかなくなったか? それでヤクも売れねえ、コソ泥もヘタクソ、口から出るのはデマカセばかりと来た日にゃあ、組織どころか街を追い出されても仕方がねえ。だからって……」
「うるさい! 余計なお世話だ!」
フューヴァがすごむが、受付の男は意にも介さぬ。
「あんたたち、悪いこた云わねえ。コイツは、やめておけ。口ばっかりで、なんにもできねえヤツだぜ」
しかし、プランタンタンが苦笑。同じことを、グラルンシャーンの牧場でいいだけ云われ続けてきた。
それにしても、
「な、なんでおたくさんは、見ず知らずのあっしらの代理人になろうってんでやんす?」
「さっき、見たんだよ。こちらの……」
そう云って、フューヴァが半眼でぼんやりしているストラを見やる。
「ストラの旦那でやんすか?」
「ストラさんが、トラング通りで、ガンダを一発でぶちのめしたのをね」
「なんだって!?」
声を荒げたのは、受付の男だ。席から立ち上がり、机に両手をついて、
「ガ、ガンダを!? しかも、この女が!? じゃあ、試合に出たいってのは、この女のことだったのか!? しかも、ガンダを!?」
「最初に戻ってるでやんす」
「でたらめもいい加減にしろよ、お前ら……!」
そこで受付の男がニヤッと笑って、
「ははあ、さては、最初からフューヴァの仲間か!? 何を企んでいるんだ!?」
「あんた、どんだけ信用がないんでやんすか」
プランタンタンの言葉に、フューヴァも言葉を詰まらせた。
「それにねえ、おたくさんも、ストラの旦那をナメてもらっちゃあいけやせんぜ」
したり顔で、プランタンタンが受付に向かって物を云う。
「こちら、超絶凄腕の魔法戦士なんでやんす。なんだ? ガンダ? どちらさんだか知りやせんが、野次馬もいっぱいおりやあしたし、なにより、試合に出られねえんじゃあ? 白目むいてひっくり返って、手下に引きずられていきやあしたよ?」




