第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-1-8 入国許可
この所長にも、異次元魔王のことは知らされていない。知らせる必要がないし、そもそも皇帝もチィコーザ国王もストラの名前も外観もまだ知らない。とにかく、怪しい奴はとっ捕まえろとしか通達されていない。
(それも、乱暴な話だが、な……)
マジナグルは至極常識的な感覚で、そう思っていた。
(何がどう『怪しい』のかくらい、定義してもらわないと、どうすることもできん)
それが現場の当たり前の声だったが、皇帝だ国王だのレベルでは、そんなことは考えもしない。そのために、大臣やら役人やらがわんさかといるわけだが、不幸にして現場まで誰も通達に疑義を挟まなかった、というわけだ。
渋い顔でマジナグル、
「帝都民なら、身分証を持っているだろう」
「は、これです!」
衛兵が、3人の皇帝府身分証明書を出す。
マジナグルがそれにじっくりと目を通し、
「私が見る限り、どう見ても本物だ」
「いかさま!」
「挙動や言動に、不審な点は?」
「いまのところ、ありません」
「なにをしにナツクへ?」
「は、金などの買い付だけそうです」
「帝都から?」
「ウルゲリアで買い付けの後、海まで抜け、沿岸街道からガントックへ入り、ナツクまで」
「ウルゲリアから……」
「は、ですので、通達の通り、逮捕もありえますので、厳重なる審査を!」
「持ち物の検査は?」
「終えました」
「不審なものは?」
「ありません!」
「ウルゲリアで買い付けた品の目録や購入契約書類などは、あったか?」
「品物と一緒に、帝都へ送ったそうです」
「ま、普通はそうだろうな……」
「はい」
「では、何を買い付けたか、口頭で確認したか?」
「ウルゲリアでは小麦などの食料を主に、他、雑貨やウルゲリアのワインとのことです」
「普通は、そうだ」
「はい」
「怪しいところは、まるで無いということになる」
「はい……」
「では、通すしかあるまい」
「了解いたしました!」
決まった。
「ただし、いちおう監視をつけろ。買い付けを終えて、ナツクを出るまでな」
「あ、はっ……」
衛兵たちが、検査室へ戻った。
「通ってよし。入国を許可する」
3人が、小さく安堵の息をついた。
乗合馬車では、3人がやけに時間がかかっているので、みな心配していた。
ちなみに、馬車は数日おきに正門を通り、密輸出入品や密出入国者を軽く取り調べるだけで素通りに近く、ガントックの商人たちも、顔なじみもおりほぼフリーパスである。
3人が関所から出てきて、馬車に乗りこんだので、みな息をついた。
「いや、調べられましたな!」
「帝都からの買付人は、珍しいですからね」
「まずは、無事に入国出来てなにより。さ、参りましょう」
商人の1人が御者に合図をし、乗合馬車はナツクの領都クラッカルに向けて出発した。
その馬車を、関所で雇っている魔術師の連絡監視用のカササギが、追いかけた。
その日は街道途中の宿場で休み、翌日の昼前に、馬車はナツクの中心都市クラッカルに入った。このクラッカルからブリディに行く馬車とも、何回かすれ違っている。
「では、ごきげんよう!」
「旅の無事と商売の成功を!」
商人たちが口々に挨拶をし、散っていった。
3人は、やれやれという表情で人心地つき、まずは宿を探した。
ナツクも、辺境にもかかわらず帝都語がある程度通じたので、非常に助かった。




