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第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-1-7 本国からの通達の件

 キレットは、この寒さで冷や汗に濡れている自分に気づき、気づかれぬようにあわてて額をぬぐった。


 「少し待て」


 ついには、部屋に衛兵2人を残して、数人が奥へ引っこんでしまった。さすがにホーランコルも異常に気づき、何かキレットへ話しかけようとしたが、ネルベェーンがそれを大きな目で制した。


 「ん、んッ……オホン」

 咳払いだけして、状況を見守る。

 キレットが、はた(・・) と気づいた。


 (ま、まさか、イジゲン魔王様にからんで、本国から何か通達でも来ているのか?)

 その、まさか・・・であった。

 皇帝の極秘の指示で、チィコーザ国王より通達がナツクに届いている。


 ヴィヒヴァルン出身者、またウルゲリア方面からの旅人は、特に注意して取り調べるように、と。取り調べて不審な点があれば逮捕し、ガントック経由でチィコーザ本国へ護送することになっている。


 (し、しかし、チィコーザが、なぜイジゲン魔王様を……!?)

 それは、分からない。

 (だ、だが、ただの商人が、まさか魔王の手下とは思わないだろう……)


 それもその通りで、衛兵たちも逡巡していた。

 「怪しいと云えば、怪しいが……」

 「だいたい、何がどう、どこまで怪しければ逮捕するのか、聞いていない」


 末端には、ストラのことまでは伝わっていないのだった。

 「面倒なのは全て逮捕し、本国へ送るのはどうだ」

 「誰でも彼でも送ったら、逆に咎めをうけないか?」


 「誰でも彼でもったって……ウルゲリアからここまで来るやつなんざ、滅多にいないぞ」


 「それもそうだ」

 「よし、全員逮捕だ」


 「おれは反対だ。ただの商人なのは明白だ。しかも、帝都のだぞ。この皇帝府の刻印は本物だし、あれは間違いなく、帝都に住み着いている南部人の子孫だ。間違いない。ヴィヒヴァルン人ならまだしも……」


 「おれも反対。皇帝陛下は、国王陛下の御弟君だぞ。帝都出身者は、何がどう怪しいんだ。理屈がたたん」


 「この、ウルゲリア人の護衛はどうだ?」

 「ウルゲリア出身というだけで、帝都民だ。ただの護衛だ」

 「分からんな。判断がつかん」

 「所長の判断を仰ごう……」

 というわけで、関所の所長にまで話が上がった。


 このナツクは地政学的にガフ=シュ=インの尻の下にくさびを打っているような場所に位置し、その重要性を認められて、ナツク侯爵家はチィコーザ王国でも地位が高い。ほぼ公爵に匹敵した。それは、王家の親戚筋以外で最高位を意味する。


 また辺境を治める代わりに、仮想敵国であるガフ=シュ=インとの交易が認められており、金や毛織物を大量に輸入・輸出し、中継交易で儲けている。


 さらに、ガフ=シュ=インに大量のスパイが送りこまれ、敵情を視察していた。3つの藩王国は、かつて帝国と散々戦争をした相手であると同時に、いまもって内心は皇帝を軽んじ、帝国の領土を掠め取ろうと野心と牙を研いでいるからである。


 それがついに表面化したのが、マンシューアル藩王国によるフランベルツ侵略だった。


 もっとも……ストラと魔王レミンハウエルとの戦闘によりフィーデ山が大噴火し、せっかく手に入れたフランベルツが超絶激甚災害に見舞われて、マンシューアルにとってとんだお荷物になったのは皮肉なことであった。


 ナツクにはガントック側とガフ=シュ=イン側の2か所の関所があり、両所長ともナツク候爵ルミ=ワカフ家の直臣が所長を務めていた。


 ガフ=シュ=イン側が重要なのはもちろんだが、比較的監視が緩やかなガントック側も、ガフ=シュ=イン側と同じ権限や地位が与えられている。


 それは、ガフ=シュ=インからガントックに抜ける不審者を監視するためだ。


 ガフ=シュ=インからはナツクに入るのに難しく、ナツクからガントックへ出るのにも難しいのである。


 ガントック側のトレヴイ関の所長マジナグルは、57歳の大ベテラン。実直な人物で、長男と三男が疫病と事故で既に亡くなり、二男は夭逝、いま17歳の四男に跡をつがせようとこの世界では高齢の身で職務に励んでいる。


 「どうした」


 この関で面倒ごとはほぼナツクからの出国なので、入国の審査で所長まで報告が上がってくることに、マジナグルは少なからず驚いた。


 「よもや、本国からの通達の件か」

 流石に、察しが良い。


 「いかさま! 南部人系の帝都人商人が、ウルゲリア経由でナツクに入国しようとしております。いかがいたしましょうや!?」

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