第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-1-5 ブリディ泊
また、ブリディはチィコーザの飛び地であるナツク侯領とも非常に円満な友好関係を築いている。
3人は関所からブリディまで徒歩で2日かかったが、盗賊も魔獣も現れず、やたらと治安が良い印象を受けた。途中で一泊した村でも良い待遇を受け、帝都の身分証明書が田舎の村でも通じたし、帝都語も通じた。南部人のキレットとネルベェーンを見ても、珍しいので最初は驚くが、教養として話には聞いているので、それ以降は普通に接した。下手な土地では、例え帝都出身者であっても、南部系の人間など誘拐されて売られる場合もある。
「ウルゲリアでも、こうは行きませんよ……」
ホーランコルが、感心してつぶやいた。
「なんだかんだと、選帝侯家国ですからね……。ま、そのために、護衛の戦士として、ホーランコルさんを雇って旅をしているという名目ですし……」
冷たい風の吹く街道で、そう云いながらキレットが青い空を見つめた。ネルベェーンも無言でその方向を見やり、つられてホーランコルも目をやった。
遠くの森の上を7、8頭の青黒い飛竜が飛んでいる。
良く見えないが、人が乗っているようにも見えた。
「ガントックの竜騎兵だ」
いつも無口なネルベェーンが、珍しく低い声を発した。魔術ではなく、卵のころから育てて飼い馴らした飛竜と、熟練の業前で竜に乗っている。その強さは、並の兵士の数十人分だ。
「いつもああやって国中を警邏しているのでしたら、そりゃ治安もいいでしょうね」
ホーランコルが、さらに感心した。
「たしかに。さ、行きましょう。ブリディが見えてきましたよ」
ブリディは人口が2,500ほどの地方都市で、豊富な木材資源により木造の建物が多い街だった。木材商や木工加工業、鉱物業やその精錬加工業の人間が多い。ここと王都バイヤート、チィコーザのナツク領の都であるクラッカルとの行き来する商人も多くいた。古くは丸太を連ねた高い塀に囲まれていたが、治安の上昇と共に塀も取り払われた。かつては街の中の高台に築かれていたヘーブ候の城も、いまは街中に大きな屋敷として建っていた。
「活気がありますね!」
ホーランコルが、旅人感覚で気分を高揚させる。
「そうですね。さ、まずは宿を取り、道案内兼通訳を探しましょう」
ここでも、皇帝府の身分証明書の効果は絶大だった。情報収集に便利そうだったので街でも大きめの高価なホテルに入ったが、証明書を見せるや初老の支配人が飛んできた。
「帝都からわざわざ! 木材を御買い付けに? それとも、銅ですか?」
「いえ、金を」
「金ですか! では、これからナツクへ?」
「いえ、ガフ=シュ=インに行きたいのです」
「ガフ=シュ=インですって!?」
支配人は目を丸くし、一瞬、絶句してから、ホーランコルをチラリと見やり、
「それで、護衛の剣士様を」
「そんなに、ガフ=シュ=インは危険なのですか?」
キレットに云われ、支配人は口ごもった。
「い、いや、まあ、私も話に聴くだけで、行ったことはありませんが……」
つまり、ガフ=シュ=インに関しては、ガントック全体でそういう「空気」なのである。
「確かに、ガフ=シュ=インは大きな金鉱山がいくつもあるとは聞き及んでおります。毛織物も質がいい。帝都では、高値で取引されるでしょうね」
支配人がうなずきながら、自分で納得するように云った。
「そうです。ですから、一攫千金を狙って……」
「なるほど、なるほど」
「で、道案内と、通訳を雇いたいのです。どうすればよいですか?」
「それならば、ナツクへ御行きになってはいかがでしょう」
「ナツク?」
「チィコーザの飛び地です。ガントックとチィコーザは、非常に友好的なのです。ガントックからガフ=シュ=インへ行くには、道が3つ御座います。王都から帝国主要街道を通って、北に向かう道。ハイヤム山脈を越えて行く道。これは、最も御勧めしません。大変に険しい山越えです。最後が、ナツクから海路を使う道。ここからなら、この海路を御勧めします。季節がら、海は多少、荒れるでしょうが……。ナツクは、ガフ=シュ=インから金を買い付けています。ナツクのクラッカルには、道案納や通訳もたくさんいるでしょう」
「なるほど。ありがとうございます。これは、情報料です」
キレットが惜しげもなく、ルートヴァンより預かっているウルゲリア金貨を1枚、出した。
「こんなに……! いただけません」
「そうおっしゃらずに。たいへん助かりました」
「ありがとうございます。……さ、こちらの方たちを一番良い部屋に御通しして! 個室を、3部屋だぞ!」
3人は(地方にしては)高級な部屋に通され、これからのことを打ち合わせた。




