第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-1-4 ガントック王国へ
ルートヴァンの言語魔法は、彼らにはかかっていない。選帝侯家の一であるガントックならまだしも、ガフ=シュ=インで帝都語が一般に通用するとも思えなかった。
「なるほど」
「ガフ=シュ=インとの国境近くでは、通訳もたむろしているはずです。適当に見繕いましょう」
「分かりました」
3人はいったん街道に戻り、いかにも旅人という風で人通りの少ない晩秋の荒涼とした道を進んだ。
2時間も歩くと、道は砦に到着した。
(関所とは思えないな……)
まるで要塞だ。ホーランコルは、少なからず驚いた。
「こっち、こっちだ!」
大きな正門に近づくと、そう衛兵に呼ばれ、3人が云われた通りに通用門へ移動する。
「フードを取れ。身分証明書があるのなら、見せろ」
ガントック語で云われたが、分からなかった。
「帝都語は通じますか?」
キレットがフードの奥からそう云い、衛兵はアッという顔になって、帝都語の通じる衛兵を呼んだ。
少し身分の高そうな壮年の男が現れ、カタコトの帝都語で同じことを云った。
3人がフードを取り、南方人種であるキレットとネルベェーンに衛兵たちが声を上げた。
そして、3人が皇帝府発行の身分証明書を出す。
「なるほど! 帝都から……」
「しかし、ウルゲリア方面からガントックに来るとは?」
衛兵の常識では、帝都からの街道は数か国を通ってガントックの東側に通じている。こんな西の端の沿岸街道に帝都民が現れるのは、滅多にない。
「10年ぶりくらいじゃないか?」
そうは云っても、このように辺境でも帝都語を解する衛兵がいる。ガントックでは、一般教養として帝都語を習う者が多いのである。
「ウルゲリアで買い付けを行い、そのままガフ=シュ=インへ向かうつもりです。帝都に戻るより、こちらから北上したほうが早いかと思いまして」
キレットの言葉に、衛兵たちがうなずいた。
「なるほど」
「ちなみに、ガフ=シュ=インへは、どのように向かえばよいですか?」
3人へ身分証明書を返し、衛兵の1人が、
「すまんが、よくわからないな。あんな身の毛もよだつ蛮地にわざわざ行くやつなんざ、この国にはいないよ。冒険者以外にはな」
「探検家の間違いだろ」
「ちがいねえ」
衛兵たちが笑う。
こんな田舎の関所の衛兵ですら、ガフ=シュ=インのことをそう認識しているのだ。
「王都までいかなければ、いけませんか?」
王都バイヤートはガントックの東のほうにあり、西端のここからでは、行くだけで7日は失う。キレットはできれば、まっすぐ北上してガフ=シュ=インに潜入したかった。
「王都まで行かなくても、街道をまっすぐ行けばブリディっていう西側で一番大きな街がある。商人も集まっているんじゃないか」
「外国の商人だったら、アンタらと同じで、ガフ=シュ=インに行く奴もいるかもな」
「では、まずブリディに行ってみます」
「わかった。入国を許可しよう」
3人は無事に関所を越え、ガントック王国に入った。
バーレン=リューズ神聖帝国を構成する700余州のうちの48州を支配するガントック王国は、帝国内で高い自治と武力、影響力を有する14王国(6内王国、5外王国、3藩王国)のうち、5外王国の1つである。
位置的には、帝国の東北部にあり、大まかに云うとウルゲリアの上、チィコーザの飛び地であるナツク領及びガフ=シュ=インの下である。東部の一部は海に面していて、沿岸街道によりウルゲリアやナツクと通じている。
12選帝侯家の1でもあり、割と辺境に位置していながら王国の民度や文化は高く、反面、ガフ=シュ=イン藩王国を蛮地と見下している。また、王家の先祖がチィコーザ王家の分家筋であり、帝国内チィコーザ派の最右翼でもあるし、反チィコーザ国からは「チィコーザの手下」「チィコーザの属国」「チィコーザの犬」扱いされている。
気候は亜寒帯であり、西部は広大な針葉樹林や笹の生い茂る荒れ地が続いているが、東部は雑穀や麦の穀倉地帯であった。西部は木材や鉱物資源が豊富で、東西で王国を支えている。
その西部の都が、ヘーブ侯領ブリディだった。
ヘーブ家はガントック王家ランヴィル家の分家筋で、長く王国の西を支配している。自身の侯爵領の他、21州の国衆(王国内の伯、子、男爵の他、領地持ちの騎士、他豪族等)を配下に置いていた。




