第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-1-3 飛竜に乗る
この時期は吹きすさぶ海風が強く、その朝も天気は良いが潮臭い風がひっきりなしに3人を煽った。
その風に乗って、どこからともなく現れたのは、2頭の茶色い飛竜だった。ウルゲリアから北方の荒野にかけて住む種で、正確な分類ではウルゲリアス・パロルゲドルス等の学名でもつくのだろうが、この世界ではそこまで分類されていない。ただ「ウルゲリアの茶色い飛竜」というていどの認識だった。尾が長く、体長は4メートルほど。飛竜なので、四肢の他に竜翼があるのではなく、前腕が翼になっている。翼竜に近い。長い首と、丸っこい角のある頭部が特徴的だ。
「こっ……これに乗るんですか!」
思わず剣を抜きかけたホーランコルが、強風をものともせず着地した2頭に度肝を抜かれた。
「ちょ、調教してあるのですか!?」
「調教ではなく、魔術で支配しています」
竜類は、一般的に魔獣と呼ばれているが魔力依存生命体……純粋な「魔物」ではなく、魔法生物というか、いわゆるモンスターだった。同じ竜の仲間を含む大型の野生動物や、人間も襲って捕食する。
それが、飼いならしているかのようにネルベェーンやキレットに甘えているので、ホーランコルは改めて魔獣使いの力に感心した。
「さあ、背中に乗ってください」
キレットがそう云うが、どうやって乗るのか。
と、茶色い飛竜が伏せるように身を低くしたので、まずネルベェーンが尾のほうから這うようにして背中を上り、首の付け根に跨った。
「私の前に乗ってください」
キレットが云うので、おっかなびっくり、ホーランコルがネルベェーンの真似をする。馬には乗れたが、鞍も鐙も無く、まして大きな皮の翼もあり、難儀した。ランヴァールからフィロガリに戻ってきた際の寄生魔獣のほうが、まだ跨りやすかった。
キレットがホーランコルの後ろにつき、あとは何の合図も無く、竜どもが両手両足を踏ん張ってから一気に飛び上がり、すかさず大きな翼に風を受けて凄まじい速度で上昇した。
寄生魔獣は生体ジェットで飛んでいたため、羽ばたきもなにもなく、機械のようだったのでむしろ揺れない。
しかし竜は生体機構でバッサバッサと羽ばたき、強風に乗って上下左右にバランスととるため、何も掴むものが無いホーランコルは恐怖のあまり悲鳴も出ずに竜の首元に突っ伏してしまった。
「大丈夫です、ホーランコルさん! 魔術ですので、落ちませんよ!」
キレットがそう叫び、ホーランコル、
「のっ、乗るのも魔術なんですか!?」
「そうです!」
「うっそだろ」
ホーランコルはそう思ってしばらく突っ伏していたが、隣を行くネルベェーンがどんなに揺れようとも傾こうとも、竜の首元に手を添えたまま平気な顔で跨っているので、恐る恐る起き上がった。
すると、どうだ。
確かに、吸いついているかように竜の背中から自分が離れない。あえて自分から降りるように尻を浮かせると、それは浮くのだが、竜が強風に揺れてバランスを取っても、椅子に座っているかのように安定している。たとえ地面が見えるほどに竜がロールしようと、ロッキングチェアに揺られているほどの感覚だ。
「こんな魔法があるんですか」
むしろ呆れて、ホーランコルが後のキレットに振り返った。
「魔獣使いに必須の魔術ですよ」
「すげえ」
流石に歴戦。ホーランコルはもう納得して安心し、竜に身をゆだねた。
そうして、一気に街道上空を北へ進み、街道筋の宿場町や村で休んで、夜の間、飛竜は野生に戻して食事や休息をさせた。キレットの予想通り、3日もすればウルゲリアから出てどこのなんという土地かも分からぬ荒野や森林地帯を越え、ガントック王国の関所近くに到着した。
そこで2頭の飛竜は御役御免となり、遠い空へ消えた。
「ガントックでは、新しい魔獣を?」
ホーランコルが尋ねる。
「いいえ、殿下の情報によると、ガントック王国は魔法騎士団があり、歴戦の竜騎兵もいるとか。野良竜などに乗ってウロウロしていたら、面倒なことになるでしょう」
「なるほど、それで正攻法で」
「金はありますので、馬車でもなんでも雇いましょう」
「そうですね」
「それに、通訳も雇わなくてはいけません」
「通訳……」




