第10章「彼方の閃光と星々の血の喜び」 1-1-2 帝都の身分証明書
「では、参りましょう」
3人もその場から歩き出し、船宿のひとつに入ると、各々夕食を摂り、まずはゆっくりと休んだ。
翌日。
朝食後に、キレットの部屋で旅と作戦の打ち合わせを行う。
「まずホーランコルさんは、殿下の御云いつけの通り、古い剣を処分し、殿下より賜った宝剣を今後は御使いください。そして、長旅の用意を」
「承った」
「私とネルベェーンは、帝都より来た商人ということになります。ホーランコルさんも帝都語が御上手ですし、私どもに護衛に雇われたウルゲリア出身の帝都の冒険者、自由戦士ということで通します」
「分かった」
「問題は、ガフ=シュ=インまでの道筋なのですが……流石の我らも、ガフ=シュ=インは行ったことがありません。ホーランコルさんは、如何ですか。このフィロガリから、どのように行くかご存知ですか」
「うーん……」
ホーランコルも、渋い顔となる。
「正直、あまりウルゲリアから出たことがないのです。しかし若いころ、ガントックの手前ほどの土地まで遠征したことはあります。旅人より聞いたところ、ガントックを縦断し、さらに険しい山脈を超えるか、海路を使うようです。また、王都から帝都経由で街道が通じていると聞いたこともあります」
「王都ガードラは、イジゲン魔王様と御聖女こと魔王ゴルダーイとの人知を超える激しい戦闘で、滅んだどころか人も近づけぬ土地になったということです。フィロガリを北上し、ガントック経由で潜入しましょう」
「分かりました」
「ガントックまでの道は?」
「沿岸街道という道が続いております。徒歩で、およそ20日ほどかと」
「かかりますね……」
キレットが、ネルベェーンを見やった。先日からずっと無言だったネルベェーンが、ボソリと、
「3人乗れる魔獣は、近辺ではいない。2頭、召喚しよう」
改めて、2人が魔獣使いであることを認識し、ホーランコル、
「そ、そうか、ランヴァールからここまで来たように、魔獣に乗って……」
「そうです。しかし、帝都の商人ですから、あまり目立つ行動はとれません」
キレットが苦笑しながらそう云い、ホーランコルも笑いながら、
「確かに」
そう答えた。
「ま、そこは、我らに御任せください。私の考えでは、街道から離れた場所を街道に沿って北上しつつ、街の近くで降り、街で休みます。そうして……徒歩で20日ならば、3日もあれば、ガントック王国へ入れましょう。正直、ウルゲリアへは不法入国でしたが……ガントックは、国境や街道筋の警護が厳しい国と聞いております。ここは、まともに関所を通ったほうが早いかと。これをどうぞ」
キレットがホーランコルへ差し出したのは、木の板に金属板のプレートを小さな鋲で打ちつけたもので、金属板には油性インクで姓名や出身地を書く部分があり、なにより帝都にある皇帝府内務局の刻印が打ってある、帝都に住む広域商人用の身分証明書及び通行許可証だった。
帝都の商人は、これを持って帝国内を自由に行き来し、ありとあらゆる産物を帝都に集めるのである。
しかも、偽造品かと思ったが、本物っぽい。ホーランコルも商人の護衛の仕事で、見せてもらったことがある。
「こんなものを、いつのまに、どうやって……!!」
さしものホーランコルも、仰天した。
キレットが不敵に笑いながら、
「蛇の道は蛇です。我らは、魔獣使いの仕事が無い時は、本当に行く先で買い付けを行っておりますので。無記名の許可証など、いくらでも裏で入手できます。さ、これで、ホーランコルさんの名前と出身地を書いてください」
キレットが鞄より、油性インクと羽ペンを出した。
しかしホーランコル、困惑した表情を浮かべ、
「わ、私は、帝都語は話せるけど書けないんだ……」
「ウルゲリアの文字で結構です。帝都出身でない者は、みんなそうですよ。なに、大事なのはこの皇帝府の刻印なのです。これは特殊な印字機なので、偽造が難しい。これは本物です。この刻印さえあれば、ほとんど問題はおきません」
「そ、そうですか」
安堵し、ホーランコルが記名した。
そして、翌朝……。
旅支度を整えた3人は、フィロガリを出て人気のない荒野まで戻った。




