第2章「はきだめ」 1-6 男爵さま
それが、ものの見事に、ストラの左ハイキックがガンダの右面から首にかけて突き刺さった。
右足の踵を微かに浮かし、つま先で相手に向かって45°回って「間合いを盗んで」から、腰も骨盤が相手に対し水平に横を向くように身体ごと45°回し、そのままガンダに対して垂直に横を向きつつ左足の蹴りを繰り出す。それだけで、ストラの体格でも20センチは稼げる。
さらには、その勢いと重心が全て蹴りに「乗る」。蹴りは、回し蹴りというより、一直線に突き出される槍のような蹴りだ。
「……!!」
ガンダがくの字にひしゃげて後ろにぶっ飛んだ。建物の壁に激突し、松明を倒しながら転がって、火の粉にまみれた。
「ッ……ガ、ガン……!」
「ガンダさん!!」
ガンダは鼻血を出し、白目をむいて完全に気絶していた。ストラの超絶大パワーなら、蹴り殺すどころか頭部を破裂させることも余裕だが、ものすごく手加減した。というか、あくまで潜伏行動中の対人モードだ。
凍りつく衆人の中、路地の暗がりから飛び出てきたプランタンタンが、
「いいいいいいいいいいっやっほおおおおおううううううういいい!!!!!!!!!! やったやったぃいやったああああーーーーーーーッッッ!! やったでやんす、やったでやんす、やったでやんすううううううう!!!! 超絶凄腕のストラの旦那に立てつくなんざあああ、ひ、ひッ、百万年早えんだっつううの!!」
ピョンピョン跳びはねながら妙な踊りのように両手を回して、叫び声を上げた。
「御集りの皆さま!! こちらが、そのフェ……ナントカで超絶有望大型新人、ストラの旦那でやんす! これから、大活躍しまっせええええええええええええ!!!!! 以後、どうぞどうぞ御見知りお……」
プランタンタンの口を、いつもとは逆にペートリューが思い切りふさぎ、
「ななななな、なに云ってるんですか!!!!」
そしてストラとプランタンタン、二人の手を引き、猛然と逃げ出した。
フード姿、そして顔出しの野次馬どもが、あっけにとられてその後姿と、手下どもが重そうに引きずって暗がりに消えるガンダを見比べた。
「いやあ~~~、いまの見たあ? すっごい女の子もいたもんだねえ~~」
まだざわめきが残る中、食事とカジノとその後のお楽しみの前にフィッシャーデアーデ見物をしようと、両脇に同伴の「お店の子」を従えた、背の高い20代半ばほどの正装の男が、能天気な声で脇のどちらにでなく声をかけた。
「女の子ぉ?」
「ガンダをやっつけたのがぁ?」
男の両側から、科を作った悩ましい声が返ってくる。
「女の子が、あんなに強いのお?」
「まっさかあ。もぉお、男爵さまったらあ、誰でも女の子に見えるんですからあ」
「アハハハ、そうかもね~」
云いつつ、男が右側の女の尻を撫でまわした。
「もぉう! こんなとこで!」
女も云いつつ、男の腕にしがみつく。
「あとでゆっくり……ね?」
「じゃ、試合見物の後、飯食って店行って、朝まで三人で……だな~~」
「ぜんぶ男爵さまのおっごりぃい~~~!」
「やったねぇえー~~~! イェエーい!!」
喧騒の中に響くキャッキャウフフの黄色い声に、周囲から、
「いいご身分だな……」
「どこの男爵さまだ?」
「クソが」
などという囁きと舌打ちが聴こえてくる。
だが、
「ヘヘ……そんな御身分なら、一丁、稼がせてもらおうかい……」
と、暗がりに引っ張りこんでボコり、懐のものを狙おうとするゴロツキを、
「やめとけ」
仲間が止めた。
「な、なんでえ」
「あいつを知らねえのか」
「ええ?」
「指の一、二本で済むんなら御の字だ」
そう云って、親指で喉を切る仕草をする。
「パックリ掻っ切られて路地裏に転がってた奴は、十人やそこらじゃねえ」
「まさか」
あの優男が……というふうで、ゴロツキが口元を曲げた。
「信じられねえんなら、どうぞ、ご自由に。オレは、忠告したからな」
大まじめにそう云って暗がりに消える仲間の背中を、ゴロツキがいつまでも眺めていた。




