第9章「ことう」 6-1 こんなことで、死ぬわけない
そのペートリューとストラの上に、ほつほつと雪が降り積もる。
「で……」
プランタンタンはそこでいったん、息を飲み、
「でえじょうぶでやんすよお、ペートリューさん。ストラの旦那が、こんなことで、死ぬわけねえでやんす」
プランタンタンが立ち上がり、半笑いでそう云いきった。
「ですよね……ですよね……でも……でも……」
ペートリューの常識では、意識はおろか息も脈も無く、氷のように冷たい人間は、普通、死んでいる。
問題は、ストラはどう考えてどう見ても、普通の人間ではない、という点だ。
実際、人間どころか生命体ですらないのだが。
では、ストラはどういう状態なのか?
この世界に「到来」した時のような、極度のエネルギー総量不足によるプログラム保護のための機能停止状態ではない。
次元クレバス脱出時、高濃度魔力子と高レベル次元乱射波の入り交じった塊の直撃をくらった際、あえて自律作戦行動用の自己意識プログラムを停止したのだが、それが、そのままフリーズ状態なのだ。
では、いつ目覚めるのか……?
「あっしが旦那と初めて御会いした時も、旦那はグラルンシャーンのクソヤロウの牧場からタッソに抜ける抜け道の洞窟の中で、こうしてひっくり返って寝ていらしたんで。いや、あっしもさいしょ、死んでると思ったんでさあ。なぜって、こうして、息も脈も無くて、氷みてえに冷たかったんでやんす」
「そうなんですか!?」
ペートリューの顔が、驚くと同時に少し明るくなった。
「そうでやんす。で、あっしはこの旦那の御腰の見慣れねえ剣が、御金様になると思いやして……」
プランタンタンはそこで、照れ笑いのような、贖罪意識をごまかすための薄ら笑いのような、中途半端な笑いを発し、目じりを下げて前歯を見せながら肩を揺らした。
「ゲヒッシッシッシ……そういうわけで、あっしがなんとかその剣を分捕ろうとしていたときに、いきなり旦那が起き上がったんでやんす」
「そうなんですか!?」
ペートリューは同じことを二度云い、ストラとプランタンタンを交互に見やった。
「で……で、いまのこのストラさんは、いつ起きるんですか?」
そこでプランタンタンも眉をひそめ、
「いや……いつって云われても……わからねえでやんす」
「剣を、ひっぱってみる?」
「ひっぱってみやすか?」
プランタンタンが先にストラの腰の光子剣を両手でつかんで引っ張ったが、当然、びくともせぬ。ストラも起きない。
次にペートリューが同じことをしたが、結果も同じだった。
「……どうしよう……」
雪が、ひどくなってきた。
ペートリューが、途方に暮れる。
「いやっ……こりゃあ、あっしの勘でやんすが……旦那は、きっと、生きるとか死ぬとか、そういうのとは関係ねえところで、生きてるんでやんす」
「どういうこと?」
「いやっ、まあ……どういうことって、云われると……よくわかんねえでやんす」
地面に座りこんだまま、ペートリューがガックリとうな垂れた。
そして、思い出したように両肩を抱え、ブルブルと震えだした。
「寒い……お酒も無い……どうしよう……」
どうしようと云われても、プランタンタンが、どうしようもなく、ペートリューを見つめた。ペートリューは震えながらストラを見やって、
「……私も、ストラさんはただの魔法戦士じゃないと思ってる……。ルーテルさんが、ストラさんはこの世界の理で動いてないって云ってた……気がする。だから、ストラさんはきっと、この世界の生死を超越してる……と、思う。だから……」
「だから、きっと、いつか眼を覚ましやんすよ」
「私もそう思う」
ペートリューが顔を上げ、プランタンタンを見つめた。
「でも、ストラさんが目覚めるまで……私たちは、どうなるの?」
「どう……って……」
プランタンタンは、改めて周囲を見渡した。
薄雪の降りしきる、北方か標高の高い森には違いない。
しかし、プランタンタンの見知った木は1本も無かった。
だいたい、雪が降っているのに、針のように細く、青々とした葉に覆われている。




