第2章「はきだめ」 1-5 ガンダ
ケープをひっつかみ、ガンダがプランタンタンを持ち上げた。軽量のプランタンタンがそのまま片手で持ち上げられ、足が宙に浮いた。
暗がりにフードが外れ、プランタンタンの苦しそうなしかめっ面が露出する。
「?」
一瞬、人間の少女かと思ったガンダ、すぐ近くの松明まで移動し、炎の明かりに顔を照らした。
「なんだ、こいつ? どこの女郎屋から足抜けしてきたんだ? それとも、仕事に行く途中か?」
「ガンダさん、こいつ、エルフじゃねえですか?」
横から、したり顔でチンピラが声をかけた。
「エルフ? こいつが?」
炎に顔を近づけ、値踏みするように傾ける。
「アチ……アチいでやんす……」
プランタンタンがつぶやき、足をばたつかせながら細い手でガンダの腕をつかんだが、棒切れのようだった。
「エルフを売ってる店はまだねえですよ、ガンダさん。とっつかまえて、売ればいい金になりますぜ」
「確かに、ツラぁ小ぎれいだが……こんなガイコツみてえなの、売れるんか?」
「どこにでも、物好きはいますよ!」
「ちがいねえ」
持ち上げた手を下げ、笑いながら踵を返そうとしたガンダのその手首を、音もなく押さえる細い手があった。
ケープの下から出る手は、見るからに女の手だったが、まるで彫像に掴まれたように力強い……というより、硬かった。そのまま固定され、びくともせぬ。鋼鉄の鉤に、手首をひっかけられたかと思った。
「な……なんだぁ……!?」
あまりに異質な感触に、ガンダも声が出なかった。怒声ではなく、本当に困惑した細い声だ。
「だ、旦那あ! お助けえ……!」
人形みたいに鷲掴みにされて、ガンダの手にぶら下がるプランタンタンが、地面に足がついて逃げ出そうとして逃げられず、ジタバタしながら情けない声を出す。
「……手前、こいつの主人か? ああ!?」
ようやく声を張り上げ、
「試合前の大事なオレにぶつかって、どう落とし前つけんだ!?」
「…………」
「あ、痛てて……! こいつがぶつかったところ、猛烈にいてえぜ!」
「…………」
「試合に出られなくなったら、とんでもねえ損害だ! あ!? 賠償してもらおうか!?」
「…………」
「……なんとか云えや!」
ガンダが、ストラのフードを引き剥がそうと左手を伸ばした。
と、ストラが手を離し、サッと後ずさる。そして、右半身に構え、膝をちょっと緩めた。
その構えに、素人じゃないと看破したガンダ、
「おもしれえ……やろうってか……」
プランタンタンを放り投げ、頭に血が上りつつも冷静に身構えた。
「ガッ、ガンダさん、いけません! 外で勝手に……!」
「死にたくなけりゃ黙ってろ」
「ハイ」
チンピラ共も下がる。
とうぜん、プランタンタンはヤモリめいた素早さで暗闇に消えた。その細路地から、薄緑色の眼だけがまぶしそうに細く光って、松明に照らされるストラを凝視した。
ガンダとて、伊達に闇試合「フィッシャーデアーデ」の総合ランク七位ではない。どう頑張っても、ストラのパンチもキックも届かない絶妙な距離を取った。そしてガンダのタックルであれば、一瞬でストラを石畳に組み伏せることができる。その威力は、(ストラが人間だと仮定して)ストラの体格なら衝撃で即死してもおかしくない。
後は、タックルにタイミングを合わせたとび膝蹴りが要注意だが、そんな安易な攻撃は何十人と防いで返り討ちにしてきたガンダであった。
十秒ほどか、静寂と静止の時間が流れる。
「!?」
野次馬たちは、ストラが瞬間移動したかと思った。
ガンダのタックルの「起こり」(殺気、攻撃の気持ちなどの精神的なもの半分、物理的な動きを発するための微かな呼吸や視線、筋肉の変化が半分の、攻撃の前兆にして予兆のようなもの)を読んだストラが先先の先を取り、動いた。
その場でキックを繰り出しても、ほんの十センチほどの差で届かない距離だった。




