第9章「ことう」 5-5 超絶ハッキング
救難艇の照明が次々に落ちて、ゲベル人たちが闇に包まれた。
「高度800バック……1000……1200……」
メートルで云うと、だいたい30,000メートル。
ヤマハルが、成層圏の中ほどまで到達した。
そしてロンボーン、油断なく自衛用の火器管制プログラム及び各種武装の稼働状態を確認する。
物資や殖民奴隷を満載して辺境をウロウロする殖民開拓船は、海賊やテロリストの格好の獲物であり、戦闘艦による護衛も限界があるため、それぞれの開拓船は準戦闘艦並の武装が施されていた。
「主砲……副砲……対近接砲……問題な……くはないが、大部分は使える……使えるな……よし……よし……」
と、艦橋指令所の正面空間モニターに、宇宙空間が映し出された。
「おお……大気圏を脱出できるぞ……なんたる……!」
ロンボーンが、感涙に咽ぶ。もっとも、あくまで精神的な比喩であり、銅鐸の姿は何も変わらない。
しかし……。
突如として、艦橋全体に緊急アラートが鳴り響いた。
この規模のアラートは、スピース炉の異常か、システムの致命的なエラーを意味する。
(しまった……!! やはり、炉が持たなかったかああ……!!!!)
ロンボーン、しかし、そんなことは想定内だ。なにせ、3500年前の機械を3500年ぶりにフルパワーで動かしているのである。
すぐさま、炉の状態を直接チェック。
が、異常は無かった。
というか、縮退スピース炉制御システムに接続できなかった。
「……なんだ……!?」
すなわち、このエラーは後者……システムエラーだった。
てっきり、物理的な炉の異常と思ったロンボーン、逆に呆然とする。
何千万回……いや、何億回とシステムチェック、シミュレーションを繰り返してきた。本番環境で些少のバグはあろうが、根本的なエラーなど、考えられなかった。
「な……なに……なにが……!?」
流石に動揺。
その間にも、アラートは増え続け、凄まじい多重アラート音が艦橋指令所を埋め尽くした。
「なあああああんんのいいいい異常おおおおおおおーーーだってんだああああああああああああ!!!!!! こおおんんのやろろろうううううがああああああああああああああ!!!!!!!!! 」
ロンボーンの表裏のシンバルベリルが血の色に輝き、黒色に匹敵する魔力を放出。一気にヤマハルのシステム系を全検索、エラーの修復にかかる。
が、すぐに、とんでもない攻性防壁に阻まれた。
ロンボーンの意識及びプログラムが、ヤマハルのシステム仮想空間から一撃で弾き飛ばされるほどだった。
「な……ん……!!!!」
ロンボーンの意識が、現実空間の指令所に戻る。
あり得ない。
超高性能かつ悪性ウイルスが侵入している、もしくは、超絶ハッキングだ。
そうでなくば、今のロンボーンのスピース量と演算速度で、負けるはずがないのだ。しかも、一撃で!
しかし、いったい何のウイルスがいつどうやって侵入したのか!? もしくは、いったい何者がそれほどの超絶的規模のハッキングを、どこから仕掛けているのか!?
成層圏離脱ぎりぎりの高度で、ついにヤマハルが上昇を停止した。
「くそぉおおがああああ!!!! 何者だああああああああ!!!!」
それに、そもそも、なんのために!?
その答えは、すぐにわかった。
アラートが全て停止し、通常に戻る。
ロンボーンが、システム侵入者を撃退したのではない。
ハッキングが終了したのである。
「き……さ……ま……ぁあ……!!」
まだ、ゲベル人の肉体を持っていたころの幻影か……精神……魂魄の投影か……銅鐸の上に、老年のゲベル人の姿が浮かび上がる。布を巻いたような、独特のデザインのローブをまとい、背が高く、手足と指が長い。頭部が前後に少しとがっている。長い白髪は後ろで結んであり、白い立派なあごひげが胸まで垂れていた。ゲベル人特有の高い鼻と、大きく切れ長の眼が印象深い。
在りし日の、魔術師ロンボーンだ。歯を食いしばり、その大きな目が血走っている。
その前に、ホログラムの姿で現れ、指令所に浮かんでいるのは、ストラだった。
ストラは超凝縮魔力ミキサーにより全身のテトラパウケナティス構造体が空間破砕され、膨大なエネルギーが全放出、その全てがこのヤマハルに吸収された。
だが、ストラの自己防衛プログラムは、この世界に「落ちた」際に、テトラパウケナティス構造体の大規模喪失を経験し、学習している。




